超一流の身だしなみ[vol.2] Interview 田臥勇太

tabuse_top

超一流のアスリートは、試合後の身体のケアだけでなく、身だしなみも超一流であるはず。このコーナーでは2号に渡り、一流アスリートの身だしなみへのこだわり、また心構えを聞いていく。第2弾は、日本人で初めてNBAの舞台に立った田臥勇太。どんな話が聞けるのだろうか。(取材日:4月21日)

憧れだけでアメリカに飛び出した

■栃木に来て8シーズン目になりますが、栃木でプレーを続ける理由は何ですか?
「すごくチャレンジし甲斐のあるチームということです。プロチームとしてこれからどんどん歴史を作っていくチームで、そこが魅力であり、何より地元の方の声援が、栃木にいればいるほど励みになったり、ありがたく感じるので、そういうところの楽しさは感じています」

■ファンと接する機会は多いのですか?
「食事や買い物など、どこへ行ってもお店の方に声をかけていただきます。それが本当に、年々増えているというか、地域密着の温かさをどんどん感じますね。試合の翌日になると、必ずといっていいほど、地元の方から『勝ったね、良かったね』とか『負けたね、次頑張って』とか、高齢の方でも試合を観れなくても結果は知ってくれていて、期待していただけているので、自分たちのモチベーションにもなります」

■ブレックスは、田臥選手から見てどういうチームですか?
「自分たちは、チャレンジャーとして臨まないといけないチームだと思っています。優勝経験もまだ1回しかありませんし、もっともっと強くなれる可能性を秘めているチームだと思います」

■アメリカでの生活や経験は、今にどう活きていますか?
「私生活については、バスケと同じくらい大切な時間だったことは間違いありません。異国の地で生活するということは、色々なことがチャレンジあり、すべてを純粋に吸収したいという風に思って生活できる場所なので、日々、色々なことが発見でした。僕は自らアメリカに行きましたけど、練習でもいかに自分から動きだすことが大切か、行動を起こすことが大切かを学びました。自分からアクションを起こすと、それに反応があって、自分の知らないことに気がついて、それがまた広がっていく感覚です。バスケをするのは1人じゃなくて、色々な人に支えられて、成り立っているんだなというのを感じました」

■どうしてアメリカに挑戦しようと思ったのですか?
「純粋にNBAというものへの“憧れ”だけでしたね。とにかく、あのステージでバスケがしてみたいという想いだけで日本を飛び出しました。今思うと、それでよかったと感じています。何も知らない状態で、自分から扉を開けてみないと分からない。探りながらやっていった感じなので、自分にはそれがすごく合っていました。簡単ではなかったですが、探る過程の中で人との出会いがあったり、色々なところに繋がっていくことができました。今のフィジカルトレーナーに出会えたのも、アメリカに行ったからで、もう10年以上、身体を見てもらっています」

前よりもバスケットを好きになっている

tabuse

■ファッションのこだわりなどあれば教えてください。
「常にアスリートらしくありたいとは思っています。スポーツブランド、中でもナイキさんがスポンサーなので、スニーカーを色々、履かせてもらっていて、そのスニーカーにどう合わせるかがいつも楽しみで仕方ないです。特に、最近はジョーダンブランドがお気に入りで、毎日、新作をチェックしています。アメリカにいても、日本では売っていないスニーカーが売っているので、今でも毎年、向こうのナイキのショップに必ず行かせてもらっています」

■試合や練習後のニオイや汗のケア、バスケットシューズなどの用具のお手入れでこだわっていることはありますか?
「ニオイや汗も気になりますが、どうしても身体のケアのほうに集中してしまいます。シャワーで汗や汚れを落とすのはもちろんですが、アイシングした部分を暖める作業が入りますし、お風呂でも、いかに身体の血行を良くして、良い睡眠をとるかを意識してしまいますね。デオドラントはみんなつけています。袖がないユニフォームで、パフォーマンスを上げる中で、やはり汗を止めることが重要になってきます。それから、職業的に手を使うので、クリームとか保湿は常に気を遣っています。乾燥とかで割れちゃうとプレーにも影響が出るので大変なんですよ」

■今、掲げている目標を教えてください。
「栃木では、リーグ優勝を目指していますし、シーズンが終わるとオリンピックの最終予選が待っていますので、そこもまず代表メンバーに残って、最終予選を戦って、オリンピック出場という可能性にチャレンジしたいと思っています。また、来シーズンからはBリーグがスタートするので、そういう1つ1つ目の前のものをクリアして、挑んでいきたい。全部が楽しみです。こういう年齢になってもチャレンジできる環境が本当にありがたくて、感謝の気持ちでいっぱいです」

■オリンピック出場は大きなチャレンジですね。
「まず、代表でプレーするチャンスを与えてもらえたっていうことが嬉しいです。栃木でもそうですけど、若い選手と競争しなければいけないというのが楽しくて仕方がない。負けてたまるかという気持ちでやれるし、まだまだ勉強できることがたくさんあると感じます。前よりバスケットをまた好きになっている感覚がありますね」

■来シーズンからBリーグもスタートします。
「環境がガラリと変わっていく中に、自分も選手としていることができるのが大きいです。チャレンジできることは、実は当たり前のようで当たり前じゃない。誰にでも与えられるチャンスじゃないと思いますし、前は日本代表も、行けたら行くというスタンスで、あくまでアメリカ挑戦が一番でした。でも振り返ってみると、両立できたなって思います。前よりも視野が広がっていると感じますし、その分、楽しくなってきています。今、あの頃の自分に戻ったら、(代表とNBA挑戦)両方やっています。経験者として、自分ができなかったので、そういったことを若い選手に伝えたいです」

プロフィール

tabuse02

田臥 勇太
Yuta Tabuse
1980年10月5日生まれ 神奈川県出身
身長/体重:173cm/75kg Pos:ガード
名門・秋田県立能代工業高等学校に入学後、即スタメンとなり3年連続で高校総体、国体、全国高校選抜の3大タイトルを制し、史上初の“9冠”を達成。全国高校選抜では3年連続でベスト5に選出され、現役高校生としては史上2人目となる全日本候補選手にも選ばれた。ハワイの大学への留学を経て、2002年5月、トヨタ自動車アルバルクに入団。チームの準優勝に大きく貢献し、新人王を受賞、オールスターにもファン投票1位で選出された。わずか1年で日本を離れると、2004年9月6日、NBAのフェニックス・サンズと契約を結び、日本人初のNBAプレーヤーとなった。2008年8月、リンク栃木ブレックスに入団し、日本に凱旋。2010年にはブレックスを初優勝に導いている。
[経歴]
2002-2003 トヨタ自動車アルバルク(JBL)
2003-2004 ロングビーチ・ジャム(ABA)
2004-2005 フェニックス・サンズ(NBA)
2005-2006 アルバカーキ・サンダーバーズ(NBADL)
2006-2007 ベーカーズフィールド・ジャム(NBADL)
2007-2008 アナハイム・アーセナル(NBADL)
2008-   リンク栃木ブレックス(NBL)

超一流の身だしなみvol.1はこちら

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメントは利用できません。

ページ上部へ戻る