異種競技対談 小澤宏一×青柳勧

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JFL昇格を目指す三重県のサッカークラブ「鈴鹿アンリミテッドFC」を率いる小澤宏一監督と、元水球日本代表で現在は自ら立ち上げに携わった水球クラブ「ブルボンウォーターポロクラブ柏崎」競技も世代も異なる2人が出会ったのは、日本から遠く離れたイタリアの地だった。スポーツを通じて、2人が地方から発信しようとしていることとは。直前に迫ったリオ五輪の話も交えながら、久々の再会を語り合った。

門前払いだったイタリア挑戦

■2人が出会ったのは、イタリアとお聞きしました。当時を振り返ってください。
小澤「僕がちょうどサッカーの指導者として、今後どうしていくかを模索している時期で、スコットランドでライセンスを取ることになるのですが、イタリアやスペイン、ポルトガルなどを観て回る中で、3ヶ月ほどイタリアのベルガモにあるアタランタというクラブのフィジカルコーチのお世話になっていました。そのとき、同じベルガモに水球日本代表の選手がいて、しかも2部リーグの得点王になるほど活躍しているという話を聞いて、ぜひトレーニングを見せて欲しいとお願いしたんです。当時は今ほどサッカーの教本がなかった時代ということもあって、バスケットボールだったりハンドボールだったり、色々な球技の指導方法からヒントを貰おうとしていました。トレーニングが終わった後に食事しながら話をさせてもらって、そのときくらいしか会う機会がなかったのですが、そのときの印象はとにかく体型が日本人離れしていたことを覚えています」
青柳「お会いしたのは2003年くらいだったと思いますけど、僕は当時、セリエBのベルガモでプレーしていて、セリエAのブレシアに移籍する直前くらいでした。大学2年生のときにスペインのバルセロナへ1年行って、大学卒業してイタリアへと渡りましたが、最初はセリエBですら門前払いでしたね。20年近く五輪に出場できていない水球という競技を強くしたいなら、まずは自分が強くなって、その技術をチームに伝えて、水球をメジャーにしたいという想いから海外に渡ったのですが、日本代表のエースという肩書きもまったく通用しませんでした。そんな時、ちょうどセリエCから昇格するベルガモが予算規模も少ないせいもあって入団できたのですが、ジュニア(中学生)に混ざって練習させられたりとか、扱いは酷いものでした。そこで結果を出しながら序列を上げていって、1軍でも結果を出してリーグの得点王、MVPを獲得。2年後にセリエAの強豪ブレシアからオファーを貰うまでになるわけですが、経歴を見るだけじゃ分からないくらい、結構苦労してますよ(笑)」
小澤「やはり向こうの国はスポーツの文化が違います。水球にしても、サッカーにも勝るとも劣らない環境があったと思います。そういうレベルの高い環境の中で、1人でやられている姿を見て、僕が現役時代、一緒にブラジルに行った三浦知良がそうであったように、信じることを突き詰めていく大切さを学びました。指導者として悩んでいた時期に青柳と会えたことは、僕の中では非常に大きかったですね」

■お互いの競技についての印象を教えてください。
青柳「僕がいたイタリアはカルチョの国ですし、当時は柳沢敦選手がメッシーナに所属していて、アタランタと試合するときは観に行ったりしていました。サッカーはもう、ヨーロッパでは圧倒的にNo.1のスポーツ。別格です。今は正直、そこまでのマーケットにならないことは分かっていますが、当時はサッカーに対して憧れというか、いつか水球をサッカーのように…と思っていた時期もありました。僕が日本に帰ってきたキッカケの1つ、リーマンショックが2008年に起こりましたよね。世界不況に陥った際、当然スポーツ界にも影響が出て、水球もスポンサー周りが苦しくなって潰れるチームもありました。でも、サッカーだけはほとんど影響がなかった。本当に別格で、敵わないと思いましたね」
小澤「祖父が東大で水球をやっていた縁もあって、まったく知らない競技ではありません。多少、身体のハンデがあっても、技術や戦術理解で補うことのできるサッカーとは違い、水中の格闘技というくらいですし、やはり身体能力がないと難しい競技だと思います。選手の体つきを見ても全然違いますよね。今は柏崎で水球のチームを立ち上げて、トップを目指している。おそらく柏崎という土地でやることにも、哲学が反映されているんだと思います」

■青柳さんは2010年に『ブルボンウォーターポロクラブ柏崎』を立ち上げました。なぜ、柏崎だったのでしょうか。
青柳「海外でプロ生活しているときに、自分が培った技術を次の世代に伝えないといけないと考えて、オフの期間をできる限り水球の普及・底上げに充てようと、日本の各地で水球教室を行っていました。その活動を繰り返しているうちに、全国の水球文化がどのようになっていて、どんな環境で、どんな人がいてということが分かってきたんです。そして全国を自分の目で見て、水球の歴史があって、水球に対する認知があって、地元にジュニアチームがあってという条件を全て満たしていたのが柏崎でした。そうした土壌はあったので、これに磨きをかければ、町全体のメリットが出せるだろうと確信がありました」
小澤「東京や大阪ではなくて、ローカルでやっているという部分では、鈴鹿アンリミテッドFCの活動とも少なからず共通点はあるんだと思います。地方ならではの苦労はもちろんありますが、逆に地方だからこそやりやすいことであったり」
青柳「それはあるかもしれませんね。それに加えて、水球はマイナースポーツなので、競合相手がいないというメリットもありますから。ただ水球を推していくだけではなくて、産業や経済を巻き込んで町興しにつなげていく。水球に関わっている人が『柏崎は水球の町』と言うのではなくて、全然水球に関係ない市民の口からその言葉が聞けているということが、この6年で大きく変わったところだと思います」

みんなが東京五輪を意識している

■まもなくリオ五輪が始まります。サッカーと水球ではそれぞれ五輪の立ち位置も違うとは思いますが、どのような視点で観られますか?
小澤「サッカーはどうしてもワールドカップがあるので、五輪は23歳以下という制限ができてしまった。五輪の立ち位置としては、この大会でメダルを獲りにいくというよりは、育成の集大成といいますか、非常に短い期間の中で試合が集中して、世界と戦うことができる。この機会は、通常とは成長の度合いが違ってきますし、五輪を機に海外のクラブに移籍する選手も出てくると思います」
青柳「水球にとっては、五輪が最高の舞台です。優勝すれば国から賞金が出ますし、活躍すれば強豪クラブにスカウトされる可能性があります。今回、日本は32年ぶりに出場するわけですが、決して敵わない相手ではないものの、かなり厳しい戦いになると思います。ただ、大事なのは、いきなり結果を残すのではなくて、継続的に長年続けて出場すること。昔はサッカーもワールドカップに出場することが夢でしたが、今では出場することが当たり前で、どうやって結果を出すかを考えていますよね。水球も今回の五輪、そして4年後の東京五輪を機に、継続して五輪に出場できるチームになっていく必要があります」

■それぞれ、注目しているポイントはありますか?
青柳「ヨーロッパではキングオブスポーツと呼ばれていて、全てのスポーツの要素が入っている競技です。水泳、球技、格闘技、サッカーやハンドボールのような戦術だったり、何かしらのスポーツに触れた人には、入りやすいスポーツだと思います。日本の注目選手は、キャプテンの志水祐介です。フォワードのポジションで、ずっと海外でプロでやっていますし、活躍に期待したいと思います。また、セルビアやモンテネグロ、ハンガリーといった世界の強豪のプレーにも注目です」
小澤「僕個人としては、ある意味メダルよりも、マイアミの奇跡のように、強豪国相手に歴史的な勝利を収めて、選手個々が貴重な経験を積んでほしいですね」

■4年後には東京五輪が控えています。どのようなビジョンを持っていますか?
青柳「リオ五輪に出場した選手が東京五輪まで続けることですね。東京五輪では水球に限らず、全種目の支援を含めて広がっていきます。東京五輪を機に、どれだけ2024年、2028年、2032年と継続して出場するための力をつけられるか。環境整備や社会的な水球への理解も含めて、この4年間はかなりプロジェクトが加速していくと思います」
小澤「東京五輪世代に教え子が何人かいるのですが、みんな口を揃えて言っているのが、『この4年間無駄にしたくない』ということ。東京五輪があることで、4年というスパンを見ています。彼らは、この4年間で行動しなければ五輪に行くことができない。高卒でプロになっている選手も、大学1年生も、みんな東京五輪を意識していると感じています。大学1年生は卒業のタイミングです。そのことを考えながらやっている姿を見て、東京五輪はこんなに影響力があるんだなと。みんなが東京五輪に行きたいと口に出しています。僕ら指導者は少しでも、その背中を押すことができればいいですね」

プロフィール

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小澤 宏一
Koichi Ozawa
生年月日:1964年9月29日
出身地:東京都
《指導歴》
・ 三菱養和サッカークラブ コーチ
・ 浦和スポーツクラブ(浦和レッズ下部組織) コーチ
・ A.S. Laranja Kyoto(現・関西リーグ) コーチ
・ プレストン・ノースエンド(イングランド2部)
リザーブ&ユースコーチ
・ 桐蔭学園高校 コーチ
・ ギラヴァンツ北九州 トップチームコーチ
・ ヴォルカ鹿児島 監督
・鹿児島実業高校 コーチ

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Kan Aoyagi
生年月日:1980年8月19日
出身地:京都府
《選手経歴》
・ 筑波大学水球部
・ C.N Sant Andreu(スペイン1部リーグ)
・ 筑波大学水球部
・ ASD Bergamo N(イタリア2部リーグ)
・ Systema Brescia(イタリア1部リーグ)
・ Budvanska Rivijera(モンテネグロ1部リーグ)
・ 新潟産業大学 助手 就任
・ ブルボンウォーターポロクラブ柏崎

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