COUNTDOWN TOKYO 2020 vol.9 バスケットボール -BASKET BALL-

2020年、東京に再びスポーツの祭典がやってくる。Spopreでは「COUNTDOWN TOKYO 2020」と題し、2020年6月1日発行号まで全33競技を毎号特集。カウントダウン連載企画で世界最大のイベントを盛り上げていく。

カナダ人が考案した“籠球”

野球と並ぶアメリカ発祥のスポーツとして知られるバスケットボール。しかしその考案者が、カナダ人であったことはご存知だろうか。

1890年、マサチューセッツ州のYMCAトレーニングスクールでは、冬場の屋内プログラムが体操中心で学生たちの意欲が低く、競技的要素のある新たな競技が求められていた。体育教官の1人であるカナダ人のジェームズ・ネイスミスは、アメフトやサッカー、ラクロスといった既存の競技を屋内で実施しようとしたが失敗。悩んだ末、それぞれの競技の要素を少しずつ取り入れた新競技の発案に没頭し、ボールを使用すること、タックル禁止のためボールを持ったまま走らないこと、そしてカナダの的当て遊びから着想を得て頭上にゴールを設置するゲームを考えた。当時のゴールは桃を入れる籠を使用しており、これが籠球、すなわちバスケットボールの原型である。

当初は9人対9人という大人数で試合をしており、初期のルールをまとめた13条にも人数は両チーム同数であること以外に制限はなかった。人数に関しては1894年にコート面積に応じて5人・7人・9人と細かく設定され、1897年に現在と同じコートの面積、そして5人体制が定められた。

また、ゴール後にいちいちボールを取り出していた籠は、1913年あたりでようやくネットの底を通り抜けられる現在の形となった。観客がゴールを邪魔しようとする行為を禁止するために付けた木製のバックボードも、観客が後ろからゴールが判別できないために透明化されて現在に至る。

五輪には1904年のセントルイス大会で公開競技として初めて登場し、男子は1936年のベルリン大会、女子は1976年のモントリオール大会からそれぞれ毎大会実施されている。

男女ともに世界で苦戦…

日本では1908年、アメリカの国際YMCAトレーニングスクールから帰国した大森兵蔵が伝播者となるが、設備の整っていない当時の日本では普及拡大とまではいかず、本格的に広まったのは大森が結核で死去した後の1913年、北米YMCA同盟のフランクリン・ハートウェル・ブラウンが来日したことが契機となる。

同じ屋内競技のバレーボールの発展にも尽力したことで知られるブラウン氏の働きで、日本におけるバスケットボールというスポーツは急速に組織化され、1930年に大日本籠球協会(現・日本バスケットボール協会)が設立。1936年のベルリン五輪で初出場を果たし、戦後もほぼ毎回のように出場してアジアでは上位の常連として位置づけられていた。

しかし、男子は1976年のモントリオール五輪を最後に出場から遠ざかり、アジアの中でも中国や中東勢の台頭を前に国際舞台で成果を挙げることが難しくなってしまう。一方、70年代に世界選手権準優勝という快挙を成し遂げて黄金期を迎えた女子も、80年代後半から他国選手の大型化に伴って徐々に成績を落とし、90年代にアジア大会を制するなど盛り返したものの、男子同様に五輪や世界選手権への出場を逃すようになっていく。

東京でのメダルを目指す女子
出場に向けて期待高まる男子

そうした状況に追い討ちをかけたのが、2014年11月に発表された、国際バスケットボール連盟(FIBA)からの日本バスケットボール協会(JBA)に対する資格停止処分だった。これにより、バスケ日本代表は男女ともにFIBAおよび FIBA Asiaの行事(スポーツまたはその他)に一切参加することができなくなったのだ。

事の発端は、1995年に設立された実業団リーグ『バスケットボール日本リーグ機構(JBL)』と、2005年に設立された日本プロバスケットボールリーグ『bjリーグ』という2つのトップリーグが存在するようになったこと。FIBAの指摘を受け、2012年にはJBLが統一リーグを目指して『ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)』へと移行したが、bjリーグとの折り合いがつかず、結果的に統合は果たされなかった。それから2年後、上記の制裁が下され、日本バスケ界は強制的に生まれ変わらざるを得ない状況に追い込まれた。

年が明けた2015年1月、Jリーグ設立の立役者、元日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎をチェアマンに据えたFIBAタスクフォース『JAPAN 2024 TASKFORCE』が設立され、旧理事25名を辞任させるなど大改革を断行し、同年8月にはFIBA会長に改善策を提示して「国際資格停止処分」の解除を勝ち取った。

翌2016年の9月、日本初の統一プロリーグ『B.LEAGUE』が開幕し、男子バスケットボール界に活気が戻りつつある。そして女子も、2016年のリオ五輪で決勝トーナメントに進出。準々決勝でアメリカに敗れはしたものの、4年後の東京五輪に向けて期待できる大会となった。

東京五輪でのメダルを目指す女子に対し、1976年のモントリオール大会以来となる出場を目指す男子のハードルはまだまだ高い。しかし、史上2人目の日本人NBAプレーヤーに最も近いとされる渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)や、八村塁(ゴンザガ大学)、そして日本人に帰化したニック・ファジーカス(川崎ブレイブサンダース)といった新たな戦力を加えた『AKATSUKI FIVE(アカツキファイブ=バスケットボール日本代表の愛称)』は、かつてないほどの期待感を持って2020年を迎えようとしている。

●公益財団法人日本バスケットボール協会
HP:http://www.japanbasketball.jp

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