【WEB限定】Interview アルティメット日本代表 中野源一

「アルティメット」という競技をご存じだろうか。フライングディスク、いわゆるフリスビーを使った、バスケットボールとアメリカンフットボールを合わせた様な競技だ。走る・投げる・跳ぶといった様々な能力が要求される、まさに「究極」のスポーツ。そんなアルティメットの日本代表としてプレーする中野源一に、アルティメットの魅力や業界が抱える課題、今後の展望を聞いた。

オリバー・カーンに憧れて

■まずは中野選手がアルティメットを知った経緯を教えてください。
高校3年生のときに、たまたまテレビで2~3分のミニ番組を見たのがきっかけです。それまでは日韓W杯で(ドイツ代表GK)オリバー・カーンに憧れて、小学2年生から高校3年生まで、丸10年サッカーのゴールキーパーをやっていました。

■最初に見たときはどのように感じましたか?
ワクワクしました。高校が大学付属の学校で、同じグラウンドで大学のサッカー部が練習していたので、大学の体育会サッカーのレベルを間近で感じていました。高校ではベンチにも入れなかったので、大学でもサッカーを続けるのは難しいなと。今後どうしようと悩んでいたときに、たまたまテレビでアルティメットを見て、ゴールキーパーの空中戦やダイビングキャッチ、ファインセーブのようなシーンが流れていました。得点シーン、浮いたフライングディスクを敵味方で取り合っているシーン、風で伸びたディスクをダイビングキャッチして取るシーンなどを見たときに、ワクワクしたんです。ただそのときは、まだ高校で部活もやっていたので、何となく気になるなという程度でした。

■そこから実際にアルティメットを始められた経緯というのは?
大学に進学して、体育会のサッカー部は難しいとなったときに、サッカーサークルに入ってふわっとした感じで競技に関わるのも嫌だなと思っていました。やるからにはちゃんとやりたい。10年間サッカーをやってきた自分に恥ずかしくないようなことをこれからもやっていきたいと思っていた中で、トライアスロンとかラクロスとか、いわゆる大学から始めるカレッジスポーツの新歓にいくつか顔を出していたんです。それでアルティメットの新歓に行ったときに、たまたま僕が話した方が日本代表の方でした。大学からアルティメットを始めた方で、アルティメットの何が面白いのかと聞いたら「俺は日本代表なんだよ。そこまで目指せるんだよこの競技は」と仰ってくれて。その時は競技の規模も知らなかったので、単純にすごいなと感じて、それがきっかけでやってみようかなと思いました。

■アルティメットを最初にやった時の印象はいかがでしたか?
思ったよりもうまくディスクを投げられませんでしたね。ちょっと強い風が吹くと、思い通りに投げられなくて。向かい風だと自分のところに返ってきてくることもありました。

■中野選手が考えるアルティメットの魅力とは何でしょう。
僕としては、ダイナミックなプレーや空中戦、ダイビングキャッチですね。あとは基本的にサッカーみたいな身体接触がダメなのですが、オフェンスがフライングディスクのパス回しをしているときに、ダイビングカットをするんです。そういうのが見ていてもやっていてもすごく迫力があって一番好きですね。空中戦は取る側のプレーで、元々キーパーをやっていたので、取る側に魅力を感じています。

悔しさを糧に、A代表へ

■日本代表になるまでにはどのような苦労がありましたか?
やるからには、大学4年間で絶対に日本代表になると思って始めて、最初のチャンスがあったのは大学2年生の12月でした。23歳以下の日本代表の選考があったのですが、そこで落ちてしまいました。そんな中、大学から一緒にアルティメットを始めた同期がそこで選ばれて。その時はめちゃくちゃ悔しかったです。その悔しさを糧に練習して、実際に次のチャンスがあったのが2年生の3月、3年生になる直前に、今度は年齢制限のない、いわゆるA代表の選考会がありました。大学4年間で日本代表になるチャンスはもうここしかないと思って、12月に落ちたときのありとあらゆる劣等感を全部そこにぶつけました(笑)。強化合宿や選考会が何回かあって、最終的に選ばれたのは大学3年生の夏、当時最年少で日本代表に選ばれました。決まったときはめちゃくちゃ嬉しかったですね。最年少で、しかもA代表でしたから。

■不安や緊張はなかったのですか?
不安は全然なかったですね。選考受けているときは、大学生が少ない中で僕なりにコミュニケーションをとったり、色々やっていたのを育成枠みたいな形で評価して頂いて。そこからは定期的に日本代表で活動しています。2015年11月に香港であったアジア大会に出場したときは、アジア3位でした。アジアの中で日本は強いといわれてたので、優勝目指していた中で、準決勝で負けてしまった。そのアジア大会がデビュー戦でしたね。緊張はしましたけど、ワクワクの方が強かったです。実際戦ってみて、僕個人としては何もできなかったというのがあり、不完全燃焼というか、モヤっとしたまま終わりました。その翌年に世界大会があり、オーストラリアに負けて結局6位で終わったのですが、イギリス、ドイツなどのヨーロッパのチームと戦うことができて、日本もメンバーが増えたり、レベルが上がったりして、自分は全然試合に出られませんでした。

■代表キャプテンになられたのはいつ頃でしょうか。
世界大会後の大会で、自分としては国際大会3大会目の時です。その時はミックス部門という男女混合の部門で24歳以下の日本代表に選ばれていました。ただ大学生が普段やっているのは男性と女性で分かれたチームで、そもそもミックスをちゃんと経験している人が少なかった。そんな中で、僕としてはレベルの高いA代表でやってきた経験もあったので、本当に勝ちたいと思ったときに、僕がやってきた経験というのを発信できる立場にいた方が良いかなということもあって、キャプテンに立候補しました。年齢的にはこの時は最年長で、一番上の代でした。

■中野選手が考えるキャプテンの役割とは?
チームのモチベーションをどうコントロールするかを意識してやっていました。キャプテンとしての立ち位置とは何かを考えたときに、チームのモチベーション、世界一になりたいという気持ちをどのように大きくしていって、世界一に向けてチーム一丸にするかをすごく考えました。具体的に一つ挙げるなら、僕が最年少でA代表に選ばれたときの実体験なのですが、代表に選ばれるとそれだけで満足してしまうんですね。特に下の世代の人だと、上の世代の人がいる中で選ばれているので。世界で戦うイメージがない。だから代表に選ばれることがゴールだと思って、満足してしまう。そういう人たちの気持ちをいかに「世界一になる」という気持ちに切り替えさせるかというところは、個別に話をしていきました。自分もそうだったという話から、チームが勝てるようになるには底上げしていかないといけないということまで。あとは日本のミックス部門は世界であまり勝てていないという現実がある。メン部門は準優勝、ウィメン部門では優勝もしている中で、日本はアルティメットが強いということを周囲から言われている中で、でもミックスは勝てていない部門。だから僕らは挑戦者なんだということを言い続けました。

■周りの反応はどうでしたか?
初めのうちは、すごく怖い人だと思われていたらしいです(笑)。ミーティングでも「このままじゃダメだ!」とかずっと言っていましたから。初めのころ、僕は怪我をしていて、代表に選ばれていたけどチームの練習には参加できていませんでした。「プレーしていないのに、やけに厳しいこと言ってくる人だな」みたいに思われていたそうです。ただ、言い続けることで徐々にそういうのもなくなってきて、逆に僕以外にも同じようなことを発信していく人が増えてきました。チームの雰囲気も変わってきたと思います。

下の世代の環境整備が重要

■社会人として仕事をしながらの両立は難しいのでは?
個人的には難しいと感じたことはないです。どちらもやりたいことなので。ただ、平日にもっとトレーニングができたらなという気持ちはありますね。

■ちなみに今の会社に入社した理由は?
就職活動をしていたときは、社会人になってもアルティメットを続けようとは思っていませんでした。アジア大会と世界大会の間が就活期間で、大学4年間の中で日本代表になるという目標も達成できていたので、社会人になってまでプレーすることは意識していませんでした。そうして就職先が決まり、世界大会に行ったのですが、そこでの負けが悔しくて…。このままでは辞められない。世界一になりたい。そこで明確に「世界一になりたい」という目標を意識し始めました。今の会社を選んだ理由は、僕の中で一貫していることとして、自分という人を通して誰かに影響を与えたいという気持ちが強いんですね。例えば、困っている人に対して背中を後押ししたり、これから前を向こうとしている人に刺激を与えたり、そうした「人に影響を与えたい」という想いが一つの軸としてありました。もう一つは、やりたいと思ったことを大事にしたいと思っています。できる・できないではなく、やりたいと思った自分の気持ちを大事にしたい。そこは昔から変わらず、ゴールキーパーを始めたとき、すごく背が低かったのですが、僕はオリバー・カーンになりたいからキーパーをやっているんだという気持ちで。キーパーは背が高くないと任せられないと言われるのですが、「そんなの関係ない。じゃあその分、飛べば良いじゃないか」という気持ちでずっとやってきました。その二つの軸を掛け合わせたときに、今の会社でやっていることや社風が一番合っているなと思って入社を決めました。仕事がつまらないとか、つらい、辞めたいと思ったことはありませんね。

■練習はいつ行っているのですか?
練習は基本的に土日で、平日はジムに行ったりしています。土日は2日間フルでアルティメットの活動をしているので、いわゆる趣味だったり、週末の遊び方を知らないんですよね(笑)

■中野さんからみたアルティメット界の課題、問題提起などはありますか?
今どの大会、どの部門も全部アメリカが優勝しています。発祥がアメリカで歴史もあって、プロリーグがあることも影響していると思いますが、今のままでは日本がアメリカに勝つことは絶対にできません。日本では大学生から始めるカレッジスポーツという状況です。例えば、そこをもう一段階早く、高校生からとか、中学生、小学生からやれるような環境が今はない。学校教育で徐々に取り入れられるようになってきていて、体育の授業でもやるようになっているそうですが、そこから「もっと本格的にやってみたいな」と思った子がいたとしても、それをやれるスクールやチームが近くになかったり、中学・高校で部活がない。アルティメットをやりたい、興味を持ってくれた下の世代が、実際にやれる環境が大学までしか整っていないことが本当にもったいないと思ています。結局、そうした若い世代からアルティメットをプレーする子供たちが増えることが、日本のレベルアップにも繋がると思っています。

■環境が整わない理由は何だと思われますか?
環境が整わない理由の一つは、アルティメットを教えられる人がいないことが挙げられます。社会人になってアルティメットを続ける人は、選手として続けるため、指導者として続ける人がいません。これは鶏が先か、卵が先かという話になるのですが、そもそも指導者がいないからその周りに子供が集まらないのか、子供たちが集まっていないから指導者が不要なのか、どちらが先なのかという問題がありますが、この辺りも整備していかないと、競技としてのスケールアップは難しいと考えています。

話し合いで決めるセルフジャッジ

■今後のビジョンは?
アルティメットは、2028年ロサンゼルス五輪の種目入りを目指しています。発祥国がアメリカで、アメリカが勝てる追加種目というところと、東京五輪から開催国が追加種目を選べるという取り組みが始まっていて、選び方の一つとして男女混合の団体種目を推奨しましょう、若者に人気な競技を推奨しましょうという要素があったりする中で、アルティメットはそれらに合致しています。また、スポーツの定義として健康や体を動かすところと、スポーツを通して自主性を育むという前提がある中で、アルティメットは審判がなく、自分たちで話し合って解決していこうという競技の理念があります。だから身体接触やファールがあった際には、当事者同士で話し合って、解決しなくとも、お互いがどう感じたかということを話し合い、お互いに受け入れることが大事という考えなんです。お互いが受け入れた上で、それでも納得できなければファールが起きる一つ前のプレーに戻ってプレーを再開させます。このため学校教育では、審判がいないアルティメットを活用して、子供たちだけでコミュニケーションをせざるを得ない状況を作り、体育の授業で最近扱われるようになってきているそうです。そういうところは競技として、良い影響を与えていると思っています。なので競技の魅力といわれたら、一つはダイナミックなプレーの部分と男女混合、そしてセルフジャッジのところが、僕は挙げられると思います。他のスポーツとの差別化にもなるのではないでしょうか。僕個人の野望としては、今のままの普及活動を行っていった先に、10年後、そこまで有名になっている未来が描けません。オリンピック代表に選ばれることが大前提にはありますが、選ばれたときに多くの人に応援してもらっている環境、自分の軸でいうところの、影響を与えられる状態を自分から作っていきたいなとは思っています。だから最近では、SNSに力を入れて発信し始めたという状態です。

■最後に読者にメッセージをお願いします。
6/13~16の期間でアジア・オセアニアビーチアルティメット選手権大会が和歌山県の白浜のビーチで行われます。国際大会が日本で行われるんです。今後、アルティメットという競技、そして中野源一という人間に注目して頂ければと思います!!

プロフィール

中野 源一
Genichi Nakano
1994年12月22日生まれ
慶應義塾大学ホワイトホーンズ出身
Technicolor(メン部門)、UNKNOWN(ミックス部門)所属
背番号#23
左利き。ポジションはミドル
Twitter:gnch_ultimate
Instagram:gnch_ultimate

プレゼント

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