COUNTDOWN TOKYO 2020 vol.15 馬術 -EQUESTRIAN-

「人馬一体」で観客を魅了する競技

動物を扱う唯一のオリンピック競技がある。それが馬術競技だ。選手はパートナーである馬と協調して競技に臨む。選手が馬の能力を最大限に引き出し、馬も選手の要求に精一杯こたえる「人馬一体」の妙技が繰り広げられ、障害を飛越したり、疾走したりする姿は美しく、観客を魅了する。今回はそんな馬術競技を紹介する。

五輪における馬術競技は、コース上に設置された大きな障害物を飛び越える際のミスの少なさと走行時間で競う「障害馬術(ジャンピング)」、ステップなどの演技の正確さと美しさを採点する「馬場馬術(ドレッサージュ)」、障害と馬場の2つにダイナミックなクロスカントリー走行を加えた「総合馬術(イベンティング)」の3競技が行われる。個々の人馬のパフォーマンスは個人成績としてカウントされ、各国チーム3人馬の成績を合計したものが団体成績となる。すべての競技で男女の区別なく同じ条件で実施されるのも馬術競技の特徴だ。

障害馬術は、競技アリーナに設置された様々な色や形の障害物を決められた順番通りに飛越、走行する競技で、ミスなく規定の時間内にゴールすることが求められる。障害物の落下や、不従順(障害物の前で止まる、障害物を避ける等)、規定タイムの超過があった場合に減点となる。

馬場馬術は、20メートル×60メートルの長方形のアリーナ内で、馬の演技の正確さや美しさを競う規定演技と、必須の要素で構成し、音楽をつけて行う自由演技があり、「常歩(なみあし)」、「速歩(はやあし)」、「駈歩(かけあし)」の3種類の歩法(馬の歩き方)を基本に、様々なステップや図形を描く。

総合馬術は、馬場馬術競技・クロスカントリー競技・障害馬術競技の3競技を同一人馬のコンビネーションで3日間かけて行い、合計減点の少なさを競う複合競技。メインとなるクロスカントリーでは、竹柵、生垣、水濠など40を超える障害物が起伏に富んだコースに設置されている。

武術からスポーツへ

「人馬一体」が魅力の馬術競技だが、そもそも人と馬との共同作業は、中国やエジプト、ペルシャといった多くの古代文明に遡る。馬を用いた競技としては、古代オリンピックで戦車競技(シャリオ・レース)が行われていた。以後、戦闘における騎兵の隆盛とともにヨーロッパ、中央アジアで発展し、近代馬術は 15、16世紀のヨーロッパ各国で発達。狩猟や競馬、一般の乗馬から、スポーツとしての馬術競技の基礎が築かれていったと言われている。

1900年パリ大会から五輪競技となったが、当時は障害飛越1競技のみ。その後、1921年に開催された国際会議の結果、現在の馬場馬術、障害飛越、総合馬術の3競技で構成することが正式に決められた。

日本でも武術としての伝統馬術があり、小笠原流や武田流をはじめ多くの流派が生まれたが、明治以降、フランス流馬術が軍隊に導入されてから伝統馬術が廃れていき、西洋馬術が一般的に広まっていった。そのため、軍人のための競技として栄え、大会には軍人が多く参加しており、1928年アムステルダム大会の総合馬術で、城戸俊三が21位であったという記録が残っている。

また、1932年ロサンゼルス大会の馬術障害飛越個人で、陸軍軍人の西竹一が金メダルを獲得。これが五輪で日本人選手が獲得した唯一のメダルとなっている。

79歳にして二度目の五輪出場なるか

日本の馬術選手として最も有名なのは法華津寛だろう。1964年東京大会の障害馬術に23歳で出場し、その後2008年北京大会に67歳で44年ぶりの出場を果たす。

日本選手としては、1988年ソウル大会に馬場馬術で出場した井上喜久子(63歳9 ヶ月)の記録を上回る史上最高齢での出場となり、44年ぶりの出場も史上最長記録となった。2012年ロンドン大会では自身の史上最高齢記録を塗り替える71歳で出場。2020年、79歳にして二度目の東京五輪出場となるのか、注目が集まっている。

また日本チームに目を向けると、昨年行われた「第18回アジア競技大会」では馬場馬術団体で6大会ぶりとなる金メダルを獲得。さらに総合馬術団体で金メダル、個人でも大岩義明選手が金メダルを獲得した。障害馬術団体でも銀メダルを獲得するなど、日本チームは目覚ましい活躍を見せた。2020年、西竹一以来88年ぶりのメダル獲得となるのか、日本チームの躍進に期待がかかる。

●( 写真提供)公益社団法人日本馬術連盟
HP:https://www.equitation-japan.com/

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメントは利用できません。

アーカイブ

ページ上部へ戻る