51 イチロー ICHIRO ~後悔なき現役生活に終止符~

スポーツの世界には、背番号とリンクするアスリートがいる。例えば、バスケットボールの世界で「23」といえば“神様”マイケル・ジョーダンであり、サッカーで「14」はヨハン・クライフが愛用していた背番号だ。これらの番号は、彼らが着用し、歴史に残る活躍を示すまで何の意味も持たなかった。バスケットボールなら「1」や「4」、サッカーならば「10」を好んでつける選手が多く、実際にそれらの番号を付けた伝説的な選手は数多く存在している。

そんな中、野球界で「51」といえば、世界中の野球ファンが同じ選手を思い浮かべるはずだ。日本が世界に誇る野球選手、イチロー。日米通算安打数は4,367本。日本とアメリカで数多くの記録を打ち立ててきた背番号51が、東京ドームで行われた3月21日のアスレチックス戦を最後に、28年間のプロ生活に幕を下ろした。45歳149日、野手2番目の年長記録。最後まで、記録を残す選手だった。

「このユニフォームを着て、この日を迎えられて大変幸せに感じています」。引退会見でそう語ったイチローは、シアトル・マリナーズのユニフォームを身に纏っていた。そう、19年前にイチローが初めてメジャーリーグ挑戦をした際に入団し、28年のプロ生活の中で最も長く在籍することとなった球団である。

MLB史上初の日本人野手としてMLBデビューを果たした2001年、242安打と56盗塁でその年のメジャー最多を記録し、ア・リーグ最多安打、新人王、そして年間MVPを獲得。MLB史上、最初のシーズンでこの3タイトルを獲得したのはイチロー唯一人である。そしてこれだけの記録を初年度に打ち立てたイチローを、シアトルのファンが愛さないわけがなかった。

イチローを愛したのは、シアトルのファンだけではなかった。その後のニューヨーク・ヤンキース、マイアミ・マーリンズでも、イチローの選手としての能力だけでなく、野球人としての哲学や姿勢、人柄に触れ、多くの一流選手たちが称賛。チームメイトも、対戦した選手も、イチローに対してはただただ感嘆するばかりだった。

開幕第1戦に続き、第2戦でも9番ライトで先発したイチローは、前日に続き4打席無安打に終わり、8回裏の守備にいったんついたものの、監督から交代が告げられた。チームメイトやスタッフに迎えられ、東京ドームのファンはスタンディングオベーション。さらには対戦相手のアスレチックスの選手も立ち上がって拍手を送っていた。

「あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」。

万雷の拍手に送られてフィールドを後にした「51」は、試合後の会見でそう振り返った。「もちろんもっとできたことはあると思いますけど」と前置きしつつ、「結果を残すために自分なりに重ねてきたこと、人よりも頑張ったということは全く言えないけど、自分なりに頑張ってきたということははっきりと言える」と持ち前の“イチロー節”で明言した。
今後については明言を避けたイチローだが、「監督は絶対に無理。人望がない」とジョーク交じりにコメントしつつ、明日からの予定について「トレーニングしますよ。ゆっくりするのは苦手なので」と語り、引退したからといって隠居するつもりは毛頭ないようだ。
長らく第一線を走り続けてきたイチローは、母国日本で多くのファンに見送られ、現役生活に終止符を打った。偉大な記録の数々を打ち立ててきたイチローだが、WBC連覇時の活躍含め、何よりも記憶に残る選手だったことは間違いない。そして世界の「イチロー」から「鈴木一朗」に戻った彼が、今後どういった道を歩むのか。野球にすべてを捧げてきた男の、第2の人生が楽しみだ。

イチロー ICHIRO
守備位置:外野手
出身地:愛知県
生年月日:1973年10月22日生
身長/体重:180cm/71kg
血液型:B型
投打:右投左打
ドラフト:91年4位
甲子園:90夏、91春
出身校:愛工大名電高(愛知県)
チーム遍歴:
1992-2000 オリックス・ブルーウェーブ
2001-2012.07 シアトル・マリナーズ
2012.07-2014 ニューヨーク・ヤンキース
2015-2017 マイアミ・マーリンズ
2018-2019.03 シアトル・マリナーズ
生涯成績:
3,604試合/ 14,831打席
4,367安打/ 573二塁打/ 119三塁打/ 1,309打点
708盗塁/ 2,078得点/打率.322

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