COUNTDOWN TOKYO 2020 vol.18 カヌー -CANOE-

“ハネタク”が一躍話題に

2016年のリオデジャネイロ五輪で、羽根田卓也がアジア人初となる銅メダルを獲得したことで一躍脚光を浴びたカヌー競技。今回は、五輪で数少ない水辺の競技であるこのカヌー競技について、掘り下げていく。

カヌー競技には複数の競技種目があり、東京五輪で行われるの大きく分けて2つ。1つは、スキーのアルペン大回転のようにゲートをくぐりながらスピードを競うカヌースラローム。もう1つが、最大4人(フォア)の漕者で単純にスピードを競うカヌースプリント。“ハネタク”の愛称で人気を集める羽根田卓也の競技は、前者のカヌースラロームとなる。

カヌースラロームは、流れの上流からもしくは逆に下流から吊るされたゲートを通過する技術とスタート地点からゴールまでにかかった所要時間の両方を競う競技。スキー競技と同様に1艇ずつスタートし、ゲートに接触したか、非通過のゲートが有るか否かによる減点ポイントと所要時間が計算され順位が争われる。

ダブルブレードパドルで漕ぐ「カヤック」と、シングルブレードパドルで漕ぐ「カナディアンカヌー」の2種目があり、ハネタクはカナディアンカヌーで出場している。 一方、カヌースプリントは静水面で1人(シングル)、2人(ペア)、4人(フォア)の艇に乗り、一定の距離(200m、500m、1000m)と水路(レーン) を決めて複数の艇が一斉にスタートして最短時間で漕ぎ、 着順を競う競技。そのほかリレーや5,000m、長距離などもある。カヌースプリントもスラローム同様、カヤック部門(K)とカナディアン部門(C)に分かれている。

「近代カヌーの祖」は冒険家

カヌーとは、カリブに先住したアラワク族インディアンの言葉で、カリブ海周辺の小型舟艇の名称。それから転じて、世界各地の伝統的な舟艇を指して使われる用法が一般化している。

カヌーのような舟の存在は紀元前の時代から確認できるが、スポーツやレジャーとしてのカヌーは19世紀中頃、イギリスのテムズ川からヨーロッパへと広まったのが始まりテムズ川下流では1850年代、既に近代的な甲板のあるカヤックの原型が見られ、この普及に貢献したのがスコットランド出身の法廷弁護士で冒険家のジョン・マクレガーだった。

マクレガーは1865年、ロブロイ号と名付けた自作のカヤックでヨーロッパ各地の川を巡り、そのエピソードを綴った著書がベストセラーとなってカヌーの人気を高め、スポーツや競技としてのカヌーを発展させた。彼は「近代カヌーの祖」とも呼ばれている。

すると1924年、デンマークのコペンハーゲンでカヌー競技の国際組織である国際カヌー連盟が設立され、1930年には第1回の世界選手権大会が開催。それから6年後の1936年の第11回ベルリン大会で、カヌーは五輪の正式種目として採用された。そしてこのベルリン大会に参加した日本のボート選手団役員が、ファルトボートと呼ばれる組立式のカヤックを持ち帰ったことが、日本のカヌー競技の起源となっている。

五輪競技としては当初、男子種目のみであったが、1948年のロンドン大会からは女子種目も追加。1972年ミュンヘン大会から男女のスラローム種目が新たに追加されたが、1976年モントリオール大会から1988年ソウル大会まで実施されず、1992年バルセロナ大会から再びスラローム種目が実施されることになった。

メダル獲得数では、やはり発祥のヨーロッパ勢が強く、ドイツやハンガリーが強国として知られている。一方、アジア勢は日本を含めて苦戦気味。日本はハネタクの銅メダルが最高記録だが、アジア大会では2連覇を達成するなどアジア最強の地位を確立している。来年に控えた東京五輪では、さらに上のメダルを輝かせてほしい。

●( 写真提供)公益社団法人日本カヌー連盟 https://www.canoe.or.jp

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