“最速”を求める究極のアスリート

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Jenson Button

ジェンソン・バトン

text by 尾張正博

バトンが持つアスリートとしての魅力

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モータースポーツをスポーツだと理解しない人がいる。そういう人たちの論理は、こうだ。
「 レーシングドライバーは自分で走るのではなく、車に座ってただ運転するだけだから」
しかし、今年マクラーレン・ホンダのステアリングを握るジェンソン・バトンの走りを見れば、レーシングドライバーがほかのスポーツ選手と同様、アスリートであると認識するはずだ。なぜなら、バトンは車を運転するだけでなく、自分の足で走っても速いのである。
4月26日にイギリスで開催されたロンドン・マラソン。世界6大マラソンのひとつで、今年35年目を迎えた約4万人が集った伝統ある市民マラソンに、バトンが参加。なんと2時間52分30秒で42.195kmを走破したのである。何度か挑戦して出した記録ならいざ知らず、フルマラソン参加2度目でサブ・スリー(3時間以下)というのは、いかにバトンがレーシングドライバーとしてだけでなく、アスリートしても高いレベルにあるかがわかる。
なぜ、バトンはランナーとしても、こんなに速いのか。彼はなにも引退後に、マラソン選手としてオリンピック出場を目指しているわけではない。あくまでF1マシンを速く走らせるためのトレーニングとしてランニングを取り入れ、その延長線上にマラソン大会出場があっただけなのである。
バトンに限らず、ほかのF1ドライバーたちも、もちろんトレーニングは行っている。しかし、マラソン大会に出場するという者はまれで、ほとんどのドライバーは、ジムで1日約2時間程度、筋力トレーニングや持久力を維持するための運動を行っている。つまり、バトンはこれらの練習のほかに、長距離ランニングをトレーニングとして取り入れているわけである。その理由をバトンのフィジオ(理学療法士)を務めているマイキー・コリアーは次のように説明する。
「F1マシンの最低重量は決まっているけど、ドライバーの体重が軽ければ、バラスト(重り)をマシンの低い場所に搭載できるため、重心が低くできるから、コーナーリングで有利になるんだ」
182cmというバトンの身長は、F1ドライバーとしては長身であるため、通常のトレーニングだけでは74 ~ 75kgとなり、160cm~170cm台のドライバーに比べると5~10kg重くなってしまう。これではコーナーリングで遠心力によるGフォースが大きくなり、速く走ることができない。そのため、バトンはF1マシンを約2時間運転するための持久力と筋力は残した上で、無駄な脂肪をすべて落としているのである。いわゆるボクサーと同様、減量のために長い距離を日々、走っているのである。
こうしてバトンの肉体はトライアスロン大会に出場するほど強く鍛えられているが、彼が強いのはボディだけではない。じつは精神も肉体と同様、強靭なハートを持っている。その強さを物語るのが、2008年末から2009年にかけての出来事だった。

バトンとホンダの“やり残したこと”

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2003年からホンダとともにF1を戦っていたバトンに、「ホンダ、F1撤退」の知らせが届いたのは2008年12月だった。すでにほかのチームのシートはほとんど決まっていたため、この時期のホンダのF1撤退は、同時にバトンにとっても「F1引退」を意味するに等しい決定だった。しかし、ホンダの撤退をマネージャーから知らされたバトンに迷いはなかった。ホンダが撤退した後も、イギリスのファクトリーに残されたスタッフたちがチームを引き継いで存続すると信じ、待っていたのである。
果たして、チームは代表だったロス・ブラウンに引き継がれ、ブラウンGPとして2009年2月に再出発。そして、その年のチャンピオンシップを制したのがバトンだった。
その後、バトンはマクラーレンへ移籍。しかし、2014年末に再びシート喪失の危機に見舞われる。そのときもバトンは動じなかった。バトンほどのドライバーであれば、チームを選ばなければ、どこかのシートを得ることは可能だったにもかかわらず、バトンはあくまでマクラーレン残留にこだわった。なぜなら、ホンダが7年ぶりにF1に復帰することが決まっていたからである。
「ホンダがF1の世界に戻ってくるっていうことは、私にとってとても重要な意味を持っていた。それは、私たちは7年前に一緒に戦っていたけど、僕にとってもホンダにとっても、やり残したままのことがある。それを再びホンダと一緒にF1を戦って、今度こそやり遂げたいんだ」
それはホンダにとっても、同じ。というのも、バトンが2009年にチャンピオンを獲得した際に駆っていたマシンは、元々はホンダが開発していたものだったのである。2008年のF1撤退は、頂上へ向けてラストアタックする直前に突如、下山命令を下されたようなものだった。「技術では負けていない」。そんな思いがホンダの技術者たちの心の中にはある。だから、2013年にF1復帰を発表した直後から開発をスタートされたパワーユニットは、2014年にチャンピオンとなったメルセデスとはまったく異なる思想で設計されたものとなった。
「われわれが目指すべき山は世界一の山。そのためには、メルセデスを越えなければ、戦う意味もないし、参戦する意義もない」(ホンダ・新井総責任者)
バトンにはもうひとつ、再びホンダと一緒にF1を戦いたい理由があった。それは今年結婚した妻のジェシカさんを通して、いままで以上に日本人の考えを理解しているという自負があるからだ。
「ヨーロッパでは『はい、わかりました』と言ったら、それは『私はあなたが言うことに同意したので、あなたのために何かします』という意味だけど、日本人の『はい、わかりました』は、『私はあなたが言ったことを聞きとりました』ということ。そういう文化の違いを理解しているので、ホンダとの仕事はかつてよりもスムーズに行っていると思う」
だが、現実は厳しい。ホンダが最後にチャンピオンを獲得したのは、91年。さらに08年に撤退していたホンダには6年間のブランクがある。7年ぶりにF1に復帰したホンダは、依然として苦しい状況が続いている。しかし、それはバトンもホンダも覚悟の上だ。それゆえ、バトンはマクラーレン・ホンダと1年ではなく、2年契約を結んだのである。
第5戦スペインGPを終了した時点でのバトンのF1出場回数は271レース。もちろん、現役では最多出場記録である。もし、このままバトンがマクラーレン・ホンダで2年間レースを走り続けると、300レースを超える。F1ドライバーで300レースの大台を超えたドライバーは、鉄人ルーペンス・バリチェロ(323レース)と、皇帝ミハエル・シューマッハ(307レース)の2人しかいない。これは、バトンが才能だけでなく、いかに体力の維持に努め、苦しい状況にも負けない精神力を持っているかを証明している。
やり残したことを求め、今もバトンは自らを鍛えるために走り、絞り込んだ肉体をコクピットに収め、コース上でマシンをコンマ1秒でも速く走らせようとしている。彼こそ、究極のアスリートと呼ぶに相応しいレーシングドライバーだ。

ジェンソン・アレクサンダー・ライオンズ・バトン
Jenson Alexander Lyons Button
1980年1月19日生まれ イギリス出身

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