COUNTDOWN TOKYO 2020 vol.22 ボート -BOAT-

イギリスで誕生した“紳士のスポーツ”

ボート競技は水上の直線コースをゴールまでいかに早くたどり着くかを競う。シンプルかつ奥が深く、魅力・見所が多いスポーツだ。艇に乗ると、進行方向に背を向けてボートに足を固定、レール上に設置されたシートが前後に動き、脚力も使って進む。五輪をはじめとする主要な国際大会は2,000mで行われ、基本的に1レース6艇が競う。水上を疾走するスピード感や、水や緑に囲まれた自然環境の中で競技を行う開放感。漕ぎ手が一糸乱れぬ動きで滑らかにボートを進める一体感が魅力だ。

その歴史は、水上の移動手段として古代まで遡ることができる。競技としては、湖沼が多くボートレースに適したヨーロッパを中心に普及。近代的なボート競技は18世紀のイギリスで誕生し、1716年にロンドンのテムズ川でレースが行われたと言われている。

欧米では非常にメジャーな競技で、イギリスにおいては格式の高いスポーツの一つとして、“紳士のスポーツ”とも呼ばれている。毎年3月の最終週もしくは4月の第1週に行われる、オックスフォード大学とケンブリッジ大学がテムズ河上で雌雄を決する「ザ・ボートレース」は、1829年から200年近くも続く伝統ある大会。両校関係者のみならずロンドン市民や観光客が沿岸に集まり、毎年約25万人で賑わっている。この伝統の一戦はテレビでも必ず中継され、1,500万人以上に視聴されており、ロンドンだけでなくイギリス中の春先の風物詩となっている。

五輪では、男子は1900年パリ大会(※)から、女子は1976年モントリオール大会から実施された。2020年の東京大会では男女各7種目、計14種目が採用され、世界の国と地域の代表総勢526人の選手が集結。各種目はオールを右手と左手に1本ずつ、合わせて2本持って漕ぐ「スカル」と、オールを1人1本ずつ持って漕ぐ「スウィープ」の2種類に大別され、シングルスカル、舵手なしペア、ダブルスカル、舵手なしフォア、クオドルプルスカル、エイト、軽量級ダブルスカルの7種目となる。※1896年アテネ大会は悪天候のため競技が中止となった。

近代スポーツの父が普及に貢献

日本におけるボート競技の歴史は、江戸時代末期(幕末)まで遡る。当時の日本にとってスポーツは未知のもので、ボート競技の普及は幾多の苦難の道をたどったが、英国人指導者フレデリック・ウィリアム・ストレンジ氏の来日によって状況が一変。「日本における近代スポーツの父」と呼ばれるストレンジ氏によって学生にボートのルールや技法を伝えるだけでなく、継続して活動・定着化できるような組織作りに貢献し、1883年には日本初の学生レガッタである「東京大学走舸組競漕会」を開催するに至った。

その後、1920年に日本漕艇協会が創立され、1928年には第9回アムステルダム五輪に初参加を果たした。しかし、五輪のボート競技で日本はまだメダルを獲得したことがなく、シドニー五輪男子軽量級ダブルスカルの武田大作・長谷等組、アテネ五輪男子軽量級ダブルスカルの武田大作・浦和重組の6位入賞が最高順位となっている。近年の五輪では、日本の出場種目の多くは体重制限がある軽量級のダブルスカルだが、2012年ロンドン五輪では体重制限がないオープン種目の女子シングルスカルに榊原春奈(トヨタ自動車)が出場を果たした。

2020年東京五輪の出場枠争いは、8月に開幕した世界選手権(オーストリア)からスタートしている。ボート競技には開催国枠がないため、多くの種目で当落線上の日本だが、最大で男女各3種目に選手を派遣する予定で、自国開催の大舞台に向けて複数種目での出場枠獲得を狙う。

●( 写真提供)公益社団法人日本ボート協会 https://www.jara.or.jp

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