COUNTDOWN TOKYO 2020 vol.23 ゴルフ -GOLF-

スコットランドを中心に発展

英国発祥のイメージが強いゴルフだが、その起源は諸説あり、定説はない。北欧起源の「コルフ」という「打った球を柱に当てるスポーツ」がスコットランドに伝わったとする説や、オランダの「フットコルフェン」という球技から来ている説、はたまた中国・元の時代の書物『丸経』(ワンチン)に記載されている「捶丸」(チュイワン)という競技を起源とする説まであり、近年オランダからスコットランドへのゴルフボール輸出書類が発見されたため、フットコルフェン説が起源として有力視されるようになった。

起源には諸説あるものの、ゴルフというスポーツが発展し近代スポーツとして成り立った地がスコットランドであることは間違いない。1452年、スコットランド王国国王ジェームズ2世によって「ゴルフ禁止令」が出されたという記述が、現存するゴルフに関する最古の文献とされている通り、スコットランドの貴族たちにとってゴルフは弓道や武術の鍛錬を疎かにしてまで熱中する娯楽だった。

1750年ごろにはエジンバラとセント・アンドリュースにゴルフクラブができ、成文化されたルールが定められ、またイギリス帝国の拡大に伴って世界各地に移住したスコットランド人によってゴルフも伝播していく。1860年には世界初のゴルフの選手権大会である全英オープンもはじまったが、ゴルフはあくまでもスコットランド人独自のスポーツに過ぎなかった。

しかし、1880年代にイングランドでゴルフブームが起きたことで、状況は一変。イングランド各地にゴルフ場が建設され、さらに1890年代にはアメリカでも流行が始まり、イギリス人によって世界各地にゴルフ場が建設され、ゴルフは世界的なスポーツとなっていった。

ゴルフは1900年の第2回パリ五輪と1904年セントルイス五輪の2大会で五輪競技として行われたが、その後は採用されず、2016年のリオデジャネイロ大会で112年ぶりに復活することとなった。

日本での歴史

日本にゴルフコースが出来たのは1901年、神戸の六甲に4ホールのコースがオープンし、それが1903年には9ホールのコースとなり、同時に日本初のゴルフクラブ「神戸ゴルフ倶楽部」が結成された。ただしこれは外国人向けのもので、日本人による日本人のためのゴルフ場は、日本銀行総裁も務めた井上準之助らによって1913年に東京・駒沢に作られた「東京ゴルフ倶楽部」が最初である。

1920年には、福井覚治がキャディーマスター兼プロとして採用され、プロ1号が誕生。この弟子にあたる宮本留吉は、1932年に日本人で初めて全英オープンと全米オープンに出場している。

1924年に、のちの日本ゴルフ協会(JGA)であるジャパン・ゴルフ・アソシエーションが設立。右肩上がりに発展していった日本のゴルフだったが、戦火の影響で競技が次々と中止され、ゴルフ場は芋や野菜の畑に。優勝記念品の金メダルですら、金属類回収令によって徴収されたという記録が残っている。

終戦後、再び各地で大会が開かれるようになり、1957年には日本プロゴルフ協会(PGA)が設立。同年、第5回カナダ・カップが霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉)で行われ、中村寅吉・小野光一ペアが団体優勝、中村寅吉が個人優勝を果たす。この大会はゴルフ界初となるテレビ中継だったこともあり、ゴルフというスポーツが広く民衆に知れ渡った大会でもあった。

AON時代とゴルフ黄金期

高度経済成長期を経た1983年、青木功がハワイ・オープンを制し、日本男子プロ初の米ゴルフツアー優勝を遂げる。国内では“ジャンボ”尾崎将司、“トミー”中嶋常幸が活躍しており、青木を含めた3人の頭文字をとって「AON時代」と呼ばれた。

AONの人気に引っ張られるようにして、ゴルフ人気も上昇。女子ゴルフ界でも樋口久子、岡本綾子の活躍があり、ツアーの試合数、賞金額も増加し、ファン層の拡大に伴って観るゴルフ、魅せるゴルフも定着していった。

近年、男子では松山英樹が2014年に日本人最年少でのPGAツアー制覇を果たし、女子では今年、渋野日向子が42年ぶりの海外メジャー優勝を果たすなど、海外で結果を残す選手が着実に増えてきている。来年に控える東京五輪でも、日本勢の活躍が期待される。

●(写真提供)公益社団法人日本ゴルフ協会 http://www.jga.or.jphttps://www.jara.or.jp

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