鈴鹿アンリミテッドInterview 岡山一成コーチ 指導者として迎えた初シーズン「今、生きている」充実感

横浜F・マリノス、セレッソ大阪、川崎フロンターレ、柏レイソルなど数多くのJクラブを渡り歩き、今シーズンから日本フットボールリーグ(JFL)を戦う鈴鹿アンリミテッドFCのコーチに就任した岡山一成。指導者として初めて迎えた今シーズン、新天地で何を感じ、何を想ったのか。チームがJFL残留を果たした中で、その胸の内を聞いた。

自分の中の可能性が広がった

■コーチとして初めてのシーズンが、まもなく終わろうとしています。振り返ってみていかがでしたか?
振り返ると、やはり残留を争っていた流経大ドラゴンズ龍ケ崎と松江シティFCとの2連戦。ここで2連勝できたことで、残留が現実のものとなりました。この2試合が一番、ハラハラしましたし、サポーターは去年の全国地域サッカーチャンピオンズリーグを思い出したんじゃないですか。本当に、勝つと負けるとでは天国と地獄の差がありますし、あの2試合を1勝1敗や2引き分けではなく2連勝できたことが大きかった。よくサッカー関係者の間では冗談っぽく「絶対に負けられない戦い」という言葉を使うのですが、僕らにとってはあの2試合がまさにそれでした。また1年間、鈴鹿でコーチとしてやらせてもらったことで、僕の評価も上がりました。鈴鹿でコーチをやる前は、僕のコーチとしての値段は0円だったわけです。選手だろうと指導者だろうと、プロである限りはその評価を上げるために努力しなければいけません。評価を落とした人間は、この世界に残れなくなっていきます。だからこそ僕も、指導者としてやっていくには結果を出せるのか。良い選手と良い指導者は違うといわれている中で、「岡山一成コーチ」という評価は確実に上がっています。それがめちゃくちゃ嬉しいです。色々な人から「昇格初年度、残留させて良かったな」「頑張ったな」と言われます。選手時代は「まだやっているの」「もうええんちゃうん」と言われている中で、しがみついてやっていました。それがコーチをやることによって、分かりやすくみんなが評価してくれて、自分の中でも可能性が広がりました。鈴鹿も、残留したことでJリーグへの道が広がったと思います。もし降格させてしまっていたら、僕の指導者人生の躓きでもあったので、残留したからこそ言えることですね。

■チームは残留を決め、上位3強(HondaFC、ソニー仙台、FC今治)相手にホームで3勝というのは誇って良い成績なのでは?
Jリーグのサポーターの人たちは普段、JFLを観ないと思いますが、今年はHonda FCが天皇杯でジャイアントキリングしていき、岡田武史オーナーのFC今治も注目されていて、「Honda FCやFC今治に勝った」ということで反響が違いました。北海道コンサドーレ札幌や浦和レッズも負けていて、JリーグのサポーターもHonda FCを知ることになったので、勝った時には色々な人から、それこそ古巣のコンサドーレの関係者からも「すごいね」と言ってもらえました。一方で、流経大ドラゴンズ龍ケ崎と松江シティFCはそこまで知られていないかもしれませんが、残留のためには上位に勝てたことよりも大事な勝利でした。嬉しいよりもホッとしたというのが正直な気持ちで、僕は調子に乗るタイプですけど、あの2試合に関しては調子に乗るという感覚ではなかったですね。もう2度とあそこまで追い込まれないように、残留争いをしないようにしなければいけません。毎回、Honda FC、ソニー仙台とは勝ったり負けたりできる、そういうチームになりたいです。

黙ってベンチに座るのをやめた

■流経大と松江に連勝するまで、しばらく勝てない時期が続きましたが、チームに対してどのように働きかけましたか?
僕自身、当時はなぜ勝てないのか、消化できていませんでした。(負けが込む前の)ホームでのソニー仙台戦では、アディショナルタイムに追いつかれて、アディショナルタイムに勝ち越した試合でしたが、あの試合を「勝てたから良かった」で終わるのではなく、もっとチームとして修正しないといけなかったのかなと思います。自分たちのサッカーに自信を持っていて、勝てなくなると「なんで勝てないんやろ」と思い、気がついたら「勝てる試合だったのに」と勝てる前提で考えるようになっていました。「何で勝てないんやろ」と思っているうちに負けが込んで、残留争いに追い込まれ、流経大と松江との直接対決を迎えたわけです。あの2試合に関してはある意味、ショック療法のようなもので、それまでは泥臭いサッカーというよりは良いサッカーをして綺麗に勝ちたいという意識がありました。ただ、あの2試合に関してはどんなサッカーでも、時間稼ぎをしてでも、みんなが勝つことに徹底した試合でした。急に勝てなくなり、みんなそれぞれがバラバラになって、ミラや僕らコーチの中でもどうしていくべきか定まっていない時期に迎えた直接対決で、勝つためには徹底するしかなかった。どんな戦術をしたとしても、最後は体を張って必死にプレーすることが大事ですが、そういった意識がどこか抜けていたんでしょうね。「まずいな」と思ったのは、リーグ中断明けのアウェーでのホンダロックSC戦です。あそこで勝っていれば、上位について色々と考えられたところを、何もさせてもらえずに完敗しました。指導者になって一番、悔しかった試合です。何のために宮崎まで来たのか分からなくなるくらい、何もできませんでした。あの試合では、コーチとして何かアクションをしなければいけなかったのだと思います。たとえ採用されなくても、何かしらミラに対して助言というか、意見を言うことで、打開策が生まれるかもしれない。僕もミラも何もできなかった試合で、ミラも助言を求めているんだなということが分かったので、あの試合から黙ってベンチに座っているのをやめようと思いました。あの試合の悔しさは2度と味わいたくないですね。

■指導する立場としての難しさ、楽しさは見つけられましたか?
「指導者ってこんなに面白いんや!」というのが率直な感想です。去年まで選手をやっていましたが、正直ここ2年くらい、生きてる感じがありませんでした。でも今、生きているんですよ。それが全てです。Jリーグの解説をやらせてもらったり、サッカー教室で教えたりするも楽しいのですが、大の大人がネットにボールが入って揺れただけであれだけ喜んで、悔しがって…。僕は子供のころから色々なスポーツをやってきましたが、野球でホームラン打ったときより、水泳で誰よりも速く泳いだときより、ボールがゴールに入った瞬間が一番嬉しいし興奮するんです。今年1年、いくつものゴールが生まれましたが、一つひとつ、ゴールのたびに興奮したし、入れられたときにはショックだし。選手時代は練習の辛さがあって試合に勝った時の嬉しさが爆発していたのですが、コーチは練習こそしんどくないのですが、メンタル的にしんどいですね。選手時代に感じていたストレスは、自分が出られるか出られないか、活躍できるかできないかというように、自分が中心なんです。でも指導者になると、30人近い集団をどうまとめていくか。監督のミラに対してどうつなげていくか。様々な要素があるので、メンタル的に難しいです。その分、勝った時の嬉しさはとてつもないですよ。

本当に「ありがとう」

■試合前に鈴鹿市民歌『鈴鹿の空は微笑む』を歌ったり、大声で盛り上げたりと、鈴鹿でも“岡山劇場”は名物になりつつあります。
手前味噌ですが、あの歌を初めて聞いた時に、すごく良いと思ったのですが、サポーターの間でも歌を知らない人が大多数でした。それを僕が煽りながら歌うことで、みんなが歌詞を覚えてくれて、一緒に歌ってくれるようになりました。そういう光景を作りたい、自分なら作れるんじゃないかという想いがあってやったことですが、コーチという立場を超えて鈴鹿アンリミテッドFCの一員になれた気がしました。今はまだ数百人規模ですが、1万人が歌うことになればそれはすごい光景ですよ。いずれ自分がチームを去る時が来たとしても、文化として残っていってほしいと思います。

■上位相手の勝利には、サポーターの力もあったと思います。
ホームで上位3チーム相手に勝つことができたのは、サポーターの“密度”だと思います。鈴鹿のイケイケドンドンになるサッカーって、サポーターが3人くらいでは難しい。ホームで密度の濃い応援があるからこそ、あのサッカーができます。ホームならどのチーム相手でも、たとえJリーグ相手でも勝てると言えるくらいのサッカーができる。今年、それは証明できたと思います。上位3チームに勝てたのはサポーターのおかげですし、アウェーにもあれだけの人数が駆けつけてくれている。そこで勝てないのは、選手や自分を含めて課題です。極端な話ですが、アウェーで全部負けても、ホームで全部勝てば残留できる。勝てなかった期間、叱咤激励ありながら支えてくれたサポーターに対して、ありがとうと言いたい。あそこでサポーターもバラバラになっていたら、流経大、松江相手の2連勝はなかった。勝てなかった時期は絶対、辛かったと思います。美味しいお酒も飲めなかったでしょう。長いシーズン、チームには必ずスランプがあると思いますが、その期間をなるべく短くしていくのが、来シーズンの目標ですね。

■最後に、ファンへのメッセージをお願いします。
「今年1年、応援ありがとうございました」ってよく言うじゃないですか。本当なんですよ。ありきたりの言葉ではなくて、本当にありがとうございましたという想いが、すごくあるんですよ。それは、自分を迎え入れてくれて、やりたいようにやらせてくれたり、勝っても負けても色々な感情の時も、アウェーでも駆けつけてくれたり、ボールも磨いてくれて、横断幕も…。サポーターが僕たちにやってくれたことを一つ一つ全部、言いたいですし、書いてくれるなら全部言います。収まりきらないから、「ありがとう」という言葉に凝縮させているんですね。新体制歌謡祭で『とんぼ』を歌ったときにみんなが一緒に盛り上げてくれて、勝ったら共に喜んで、負けたら一緒に悔しがる。一緒に戦っているなと思うし、そういった場面場面がずっと残っていく。だから、本当に「ありがとう」という想いがあります。もし、それ以上の言葉があったら教えてください(笑)。

プロフィール

岡山 一成
Kazunari Okayama
生年月日:1978/04/24
出身:大阪府

HP:http://suzuka-un.co.jp

Twitter:@SuzukaUnlimited

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