今年で88回目となる全国高校野球選手権が8月6日より始まる。つまり夏の甲子園だ。第1回目は1915年だから91年前、戦争で中断されたりしたが、およそ1世紀近い歴史をもつことになる。もっとも甲子園で行われるようになったのは1924年の第10回大会からだ。第1回大会では参加校はわずか75校だったこの大会は、4000校を超える超ビッグなものとなった。高校レベルの、しかも単独種目アマチュアスポーツの全国大会がこれほどの規模と歴史を持つことは世界でも稀有なことらしい。
あるアメリカ人の友人に「日本人はプロ野球があるのに、どうしてスクールボーイの未熟なベースボール大会にそんなに熱中するのか?」と怪訝な顔で尋ねられたことがあるけれど、彼が不思議がるのも当然で、野球の母国(この際ベースボールと野球は違うという野暮な議論はなしということで)であるアメリカでは高校レベルの全米選手権なるものは存在しなくて、高校では野球もサークル活動のような感覚で他のスポーツと併用して活動するのが普通だ。
だから郡とかせいぜい州単位の大会しかないし、当然だけど野球名門校なる高校も存在しない。だからアメリカ人の感覚からすると、4000を超える高校生のチームがトーナメント方式で真剣勝負をするなんてありえないということになるし、高校生はまだ本格的に野球の技術を身につけてはいないはずだから、そんな大会に熱中するなんてアンビリーバボォー!という感想も頷ける。高校野球となるとわずかに50校程度しか参加校がないという状況だ。
こうして考えると、夏の甲子園大会は日本の野球界のなかでとても大きな意味を持っていると思うのだ。というより1世紀にわたってただ夏の甲子園のために心血を注ぎ、負けたら終わるという過酷な戦いに死力を尽くした高校球児たちの流した泥混じりの涙の歴史こそが、日本野球そのものだと断言してもいい。彼らが甲子園に出場したいがために研鑽を積み、甲子園で勝つために鍛錬を重ねた結果が日本野球のレベルを格段に底上げすることになり、それがWBCの優勝に繋がったことは紛れもない事実だ。
その証拠に、高校生レベル、つまりアンダー18という世代でこれほど高度な野球をする国は他にない、と必ず甲子園のスタンドに陣取っているメジャーリーグのスカウトたちは口を揃えて言う。 |
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「これほどのタレントを一箇所でまるで見本市のように見られる国は他にない。スカウトにとって甲子園ほど美味しい大会はない」とまで彼らは言っているのだ。甲子園で作られた記録の歴史を垣間見るだけでも、この場所が日本野球の資源であり財産であることを雄弁に語ってくれる。ノーヒットノーランを記録した投手に早稲田実業の王貞治、名古屋電気の工藤公康、鹿児島実業の杉内俊哉、そして横浜高校の松坂大輔の名前が連なる。
1試合3本、大会中5本の本塁打記録を持つ甲子園が産んだ怪物ホームランバッターPL学園の清原和博がいる。夏の甲子園があったから数多くの才能がここで目覚め開花した。ちなみに意外な記録もある。1試合奪三振記録は19個で2005年に大阪桐蔭の辻内などがいるが、参考記録としてだけど延長18回を投げて1試合に25個の三振を奪い絶対塗り替えられないとされる大記録を持っているのは、今はお笑いタレントだと思われている徳島商業の坂東英二氏だ。また坂東は1958年(40回)に6試合で62イニングを投げて83個の三振を奪うという金字塔を打ち立てている。
もちろん夏の甲子園が球児たちにとってあまりにも魅惑的な夢であるがゆえに、多くの逸材が大成することなく潰されてしまったことも否めない。それは彼ら球児たちの問題というよりは、周囲にいる大人たちの責任であるといえる。韓国の全国大会よりも数多くの参加校がひしめく県予選を勝ち抜いてやっと掴んだ出場権を奪い取ってしまったり、夏の連覇という偉業を成し遂げた直後に不祥事を大袈裟に殊更に騒ぎ立てて台無しにしたりと、逸材を潰さずに大きく育てるか、偏った正義で球児たち努力の成果まで奪って無気力にしてしまうかは、大人たちが解決すべき大問題なのだと思う。
だって甲子園にやってくる球児たちがどれほど熾烈な努力を重ねたかを僕らは知っているのだから、夏の甲子園は、純粋に明快に野球を楽しみたいものだ。さて北の大地の高校はグラウンド外の騒ぎをものともせずに夏の3連覇に挑んでくる。港ヨコハマの高校は2度目の春夏連覇を目論んでいる。今年も世界一苛酷な、感動を呼ぶ「絶対に負けられない夏」がやってくる。 |