ともとピッチャーの投げるボールのスピードに注目が集まったのは、プロ野球にスピードガンが導入された1979年以降だ。もっともそれ以前の時代には沢村栄治から江夏豊まで「豪腕」「速球」と呼ばれた伝説の大投手は数多くいるが、公式記録として計測される速球派の元祖は、スピードガン導入時に中日ドラゴンズへ入団し「スピードガンの申し子」と呼ばれた小松辰雄(最速154km/h)といえる。
以後、プロ野球では150km/hという数字がいわゆる「速球」の目安となり、先発ではジャイアンツの桑田真澄(最速153km/h)、槙原寛己(最速154km/h)、ストッパーではカープの津田恒美(最速153km/h)、ドラゴンズの与田剛(最速157km/h)らがその記録に名を連ねることとなる。
現在の日本の速球投手ランキングで公式戦最速とされるのは1993年の西武球場。ロッテ時代の伊良部が清原和博(当時・西武ライオンズ)を相手に投げた158km/hである。2002年には山口和男(オリックスブルーウェーブ)が福岡ドームでタイ記録を出すものの、158km/hの記録は10年間破られていない。
しかし、近年では高校野球においても150km/h台の豪腕ピッチャーが注目されるようになり、西武ライオンズの松坂大輔(最速156km/h)をはじめ新垣渚(ダイエーホークス・最速154km/h)、高校時代に154km/hを記録した寺原隼人(ダイエーホークス)、セ・リーグでは阪神タイガースのルーキー久保田智之(最速156km/h)、左腕最速を誇るヤクルトスワローズの石井弘寿(最速155km)など、次々と若手選手が速球投手として頭角を現している。
彼らはピンチやゲームの勝敗を左右する場面で強打者を三振に仕留めることのできるピッチャーである。五十嵐亮太をはじめとする若手速球派の登場により、159km/hの「伊良部越え」そして夢の160km/hが出る日もそう遠くはなくなってきている。
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