メリカでは、7月の第二火曜日は「ミッドサマー・クラシック(真夏の古典劇)」と呼ばれるとても特別な日だ。
なぜなら、その日は毎年メジャーリーグのオールスター・ゲームが開催される日だからだ。なにしろメジャーリーグでは、 オールスターは毎年たったの1試合(59年から62年の4年間だけは2試合おこなわれていたが)しかないのだから、
3試合もする日本の場合とはファンにとっても特別だが、選ばれて出場する選手にとってはワールドシリーズに出場するの とはまた違った意味で大変名誉なことなのだ。雰囲気もまったく日本とは違っていて、例えば試合の前日にわざわざ行われ
るのが、目玉のひとつのホームラン競争。日本では試合前に両リーグから2、3人の強打者が出てきて合計本数を競うという
ものだが、1時間もかからないだろう。メジャーの場合はまったく違っていて、延々と3時間くらいホームラン競争をやっている。
まず両リーグから4名づつ計8名が10アウトまで打ち続ける(スタンドイン以外はアウト。ファールと見逃しはノーカウント)。
そのなかから上位の2選手が決勝戦をやるというルール。選手が交代するたびにCM時間を考慮しているらしく、これがのんびりしてる。
昨年は予定されていたジオンビが体調不良のために松井に声がかかったが本人が辞退するということがあった。結局その代打で
ホームラン競争に出たテハダが15本という新記録を樹立。ところでオールスターゲームの始まりの秘話を知っているだろうか。
第1回目のオールスターゲームは1933年にシカゴのコミスキーパークで行われている。実はこの年のシカゴでは万国博覧会が
開催されていた。このシカゴ万博で何かスポーツの記念イベントをするように依頼されていたのが「シカゴ・トリビューン」と
いう新聞社の運動部長だったアーチー・ウォード。何をすればいいのか頭を痛めている彼のところに野球少年から一通の手紙が
届いた。「カール・ハッベルとべーブルースの対決が見たい」と手紙には書かれていた。ハッベルは当時ニューヨーク・ジャイアンツ
(現在のSFジャイアンツ)の左腕投手で、足を高く上げグラブを大きく突き上げる豪快なフォームで売出し中の若きエース。 |
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片やべーブルースは言わずと知れた名門ヤンキースの伝説のホームランバッターだ。この二人は同じニューヨークに本拠地を
置くチームだが別々のリーグのために、対戦するにはワールドシリーズしかない。そこで少年は、そんなのは待てないからなんとか
対決を実現してくれと手紙を書いてよこしたのだ。「これは面白い」と思ったアーチーは、さっそくコミッショナーに両リーグの
スター選手が結集して一大決戦を行おうじゃないかと口説き落とした。この大会は、万博のイベントとして1回こっきりの 記念行事として行われたのだが、4万9千人もの観客が押し寄せてあまりにも好評だったために翌年からも開催されるようになった。
これがオールスター「ミッドサマー・クラシック」の始まりというわけだ。ちなみに第1号のホームランは記念すべき第1回大会で
やっぱりべーブルースが放っている。少年が待ち望んだハッベルとルースの対決は残念ながら第1回大会では実現されず、 翌年の第2回大会まで待たねばならなかった。この時ハッベルは、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジミー・フォックス、
アル・シモンズ、ジョー・クローニンという大リーグ辞典に出てくるような伝説のなかの伝説のような強打者を5連続三振に切って
とる快投を披露している。今年で76回目となるメジャーリーグ・オールスターゲームは、7月12日の火曜日、デトロイトのコメリカ
パークで開催される。今は全チームが30チームになったので地元としては30年に1度、1試合だけの夢の球宴だ。日本人選手では、
95年にトルネード旋風を巻き起こした奪三振王の野茂をはじめ、2001年からは佐々木が2年連続、イチローが4年連続、松井秀樹も
2年連続の出場を果たしている。とりわけ2003年にはイチロー、松井、長谷川と3人がオールスター出場をするなどすっかり常連に
なった日本人プレーヤーだが、今年はちょっとどうなるかイチローと松井の連続出場はどうか、ホワイトソックスの井口あたりが
初出場を果たして欲しいところだが…。 |