対に金メダルを獲って帰ってくる。日本中が信じて疑わなかった長嶋ジャパンは、準決勝でオーストラリアを相手にまさかの完封負けを喫し、アテネの空で君が代を聞くことはなかった。
それでも長嶋ジャパンは、日本の野球にかつて感じたことのない一陣の風だった。僕たちはこれまであれほど猛烈なヘッドスライディングを見たことがあっただろうか。あのクールな高橋由伸が咆えながらダイヤモンドを駆け抜ける姿に、驚きを超えて戸惑いすら覚えてなかったか。
中村ノリヒロが見事な送りバントを決め両手を挙げ飛びはねて喜ぶ様子にえもいえぬ楽しい心持ちになりはしなかったか。気温40度以上とも言われたアテネの、それもなれない芝のグランドで全試合を全力で戦い抜いた長嶋ジャパンに、野球の魅力を面白さを楽しさ感激を興奮を教えられはしなかったか。
とはいえ国際大会で代表チームが監督不在のまま勝ち進むなんてありえないことだ。良くも悪くもアテネを戦った長嶋ジャパンの戦士たちは、日本独自の野球界から飛び出していった純粋無垢なままの野球小僧の代表のようだった。トーナメント戦の経験は高校野球しかない。高校野球レベルの戦術でプロが戦えるのだろうか。MLBのワールドシリーズが高校野球のような試合になるだろうか。
野球環境の違いも教えてくれた。今日本では風のないドーム球場とイレギュラーの少ない人工芝という環境が常識となっている。しかし、それが世界に通じる環境ではないことも初めて知った。野球はボールゲームだったのだ。青い空の下で緑の芝の上で、時に強風に苦しめられ、暑さに悩まされてするスポーツだったのだ。
アテネで僕たちは、日本国内だけで育てられた野球というスポーツが、始めて世界という舞台に踊り出た瞬間を目撃したのだった。そしてその実力が間違いなく世界のトップクラスにあることを長嶋ジャパンは証明してくれたのだ。