MotoGPジャーナリスト西村章のMotoGP Hot Report Webオリジナルコンテンツ

西村章Akira Nishimura バイク誌やスポーツ誌からマンガ、通信社配信記事に至るまで、幅広い分野の紙誌にMotoGP関連記事を寄稿。Twitter(@Permanent_Waves)ではレースと関係ないことばかりをうわごとのようにつぶやき中。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作『最後の王者』の
年内刊行に向けて、現在加筆作業中。

 じつは、この原稿は没にしてしまおうと思っていた。第12戦サンマリノGP、9月5日(日)に行われたMoto2クラスの決勝レース中、12周目の11コーナーで転倒し、病院に搬送されたものの19歳の若さで逝去した富沢祥也選手の取材記事だ。10月1日発行号掲載予定として、第14戦日本GPに向けたインタビューを行ったのは9月2日(木)。パドックで寝泊まりする彼のキャンパーを14時に訪れ、話を聞いた。
 だが、彼がレース中のアクシデントにより逝去してしまったために、予定号での掲載は急遽見合わせてもらうことにし、この原稿もそのままお蔵入りにしようと考えた。だが、生前の彼の声を少しでも多くの人へ届けることも大切なことなのかもしれない、と考え直した。
 以上の理由から、そのインタビューをあえてここで公開しようと思う。内容が内容だけに、場違いで不謹慎との批判やお叱りの言葉も免れ得ないかもしれない。その責めはすべて受けようと思う
。  ごく短い質疑応答でしかないが、そのなかから富沢祥也選手の人柄や、参戦するはずだった日本GPへ向けた彼の思いを少しでも汲み取っていただければ幸甚である。


−開幕戦で優勝。第2戦では優勝争いの結果、2位。その後も予選で上位グリッドを占めるものの、シーズン中盤は不運な結果に終わるレースも続きました。自分では、ここまでの戦いをどう捉えていますか?
「悪くはないと思います。後半戦最初のチェコでもポールポジションを獲得できましたから。たしかに中盤戦以降、マシントラブルに悩まされたことも多かったけど、自分の走りは問題ない。だから、そこが噛み合えばもっと上の順位に行けるので、悪くはないと思いますね」

 

−マシントラブル等でリタイアせざるをえないレースが続いたときは、かなり悔しかったのではないですか?
「でもまあ、(運が)悪いときは気にしても仕方ないですからね。レースが終わった瞬間は確かに気分も悪くなるけど、自分でも切り替えは早い方だと思うので、すぐに気持ちは次のレースに向かっていますね」

 

−開幕前の予想と、今の自分の位置とを比べて、どう思いますか?
「開幕前にはどこまで行けるか予想もつかなかったし、あまり細かいところまで考えてもいなかったけど、今年は自信をつけるという意味ではいいシーズンになっています。予想以上にちゃんと走れているんじゃないですか(笑)。『今年は行ける』とは感じていたけど、具体的にどこまで行けるのかもわからなかったから、これでいいんじゃないかな、と思います」

 

−今シーズンの富沢選手は、他の選手からのマークもきつくなっているように見えます。自分でもそれは感じていますか?
「感じますね。特にインディアナポリスでは、昨年のレースでフリープラクティス中に転倒してマシンを壊してしまい、それ以降は走れなかったので、今年は事実上初経験のようなものだったんですが、それなのに金曜の走り出しでいきなりたくさんの選手に後ろにつかれてしまいました。『きみらのほうがボクよりもこのサーキットをよく知ってるでしょ。早く先に行って前を走りなさいよ』と(笑)」

 

−後半戦の目標を教えてください。
「特にないですね。ただ、来年につなげてゆく走りをしたい。Moto2は、常に1位を狙っていかないと簡単に順位が落ちてしまうので、一戦一戦、やりたいことをしっかりやって全力で走りたい」

−では、ツインリンクもてぎで行われる日本GPの目標は?
「あまり期待しないでください(笑)。ダメなときはダメだろうけど、いいときにはしっかり走ります。挽回の余地がなくなったときにはしかたがないけど、少しでも希望があるうちは全開で走りますよ。でも、ホームグランプリだからといって特別なことは考えず、同じライダーたちが走るシーズン17戦の一戦として、全力を尽くしたいと思います」



 まさかこのような形でこの記事を紹介することになるとは思わなかった。来週は、初開催のモーターランドアラゴンでレースが行われる。きみがそこにいないということが、頭では理解できていても、気持ちのレベルではなんだかまだ釈然としない。

 土曜の夜、ミザノサーキットのパドックを去るときに偶然スクーターで疾走するきみと出くわした。すれ違いざまに「お疲れさまでした〜」と声をかけて走り去っていったそのときのままの勢いで逝ってしまったような、そんな感がある。

 祥也、さようなら。