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美しさの基準は、国や地域によって格差があるし、個人の趣味も大いに違うし、時代や社会状況によって変わってしまうものだ。現在、身長183cmのマリア・シャラポワは間違いなく美しい。容姿に対する好きとか嫌いとかではなく、その存在が美しいのである。つまり、国や地域や時代によって刷り込まれてしまう固定化された基準を軽々と超えてしまう美しさが備わっていると思うのである。 マリア・シャラポワがテニスを始めたのは4歳の時だ。エキシビジョンで幼いシャラポワの才能を見抜いたマルチナ・ナブラチロワが「本気でテニスをする気があるのならアメリカに行くべきだ」と助言したのを受けて、わずか900ドルの所持金を持っただけの父ユーリと2人で渡米したのは6歳の時だった。ひとりロシアに残った母がやっと合流できたのは2年後のこと。貧しい暮らしの中でシャラポワにテニスだけは続けさせた。9歳の時にフロリダのニック・ボロテリ・テニスアカデミーに入って本格的なトレーニングを開始。オースティン、ダベンポート、サンプラスを育て上げた名コーチのランズドルフの猛烈な指導を仰いだ。プロデビューしたのは、14歳の時だった。 プロデビューしたからといってシャラポワは決して順風満帆だったわけではない。デビュー戦は2001年、クレーコートの大会に出場して1回戦で敗退。プロとして初めて優勝という栄冠を手にしたのは翌年の2002年、なんと日本でのことだった。この年、群馬県の草津国際女子オープンで初優勝を飾ったシャラポワは、ITF主催のサーキット大会でどうにか3勝をあげた。この年のランキングはまだ186位だった。 デビュー3年目の2003年、シャラポワは大きな飛躍を遂げた。全豪オープン、全仏オープンと続けて本戦進出、ウインブルドンでは初のグランドスラム大会でのベスト16入りを果たした。そしてこの年の10月、記念すべき快挙はまた日本で起きた。AIGジャパン・オープンでWTAツアーで初優勝(シングルス・ダブルス)。186位だったランキングが32位まで跳ね上がり、長身の、か細いロシア少女は、秘めていた美しさの片鱗を見せ始めた。 |