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| 当時、まだ高校1年生だった2005年1月、千葉すずの持っていた200m自由形(短水路)の高校生記録を12年ぶりに更新した上田春佳選手。1カ月後の短水路選手権では、記録をさらに1秒ほど縮め、1分57秒32の記録で優勝し、大物ぶりを発揮した。身長も178cmと世界に出ても引けを取らない大型スイマーの誕生である。東京スイミングクラブで5歳から水泳を始め、「世界の北島康介」を育てた平井伯昌コーチに師事している。05年のインターハイでは200、400メートルの2冠に輝き、高校では敵なし。自己ベストは、200メートル自由形が2分00秒55、400メートル自由形が4分14秒85と、今後、世界を狙える大型スイマーだ!もちろん、ただ大きいだけでなく、長い手足と小さな顔の見事な8等身に加え、ルックスも可愛く、注目を集めている。そんな彼女が試合前に見せる、大相撲の高見盛のように試合直前に足や胸をパチパチとパンチし、緊張をほぐしながら気合いを入れる姿もほほえましいのだ。呼吸するたびに頭を横振りする、荒削りなフォームを見かねた平井コーチが大きな体を生かして泳ぐコツを伝授し、その後、メキメキと力をつけてきた。そんな彼女の課題は、スタートのタイミングだったのだが、飛び込みのタイミングと角度を研究。スタートの合図から足が台を離れるまでの時間を0.9秒台から0.7秒台にまで縮め、短距離ではなるべく潜水時間を短くし、すぐに浮き上がることが出来るようになった。現在の目標は、8月16日からカナダで開かれるパンパシフィック水泳。この大会で200mで2分の壁を切り、一気に世界レベルに名を上げることだ! そして、2年後に迫った北京オリンピックでは、日本を代表するスイマーとして、大きな活躍をしてくれるだろう! |
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| 2006年、ウインブルドン、センターコート。テニスプレーヤーをほんの少しでも志した者なら誰もがプレーしたいと憧れを抱く「聖地」に杉山愛は立っていた。杉山にとってマリア・シャラポワと対戦して以来、2年ぶりの「聖地、ウインブルドン・センターコート」だった。テニス界でもっとも歴史と格式と名誉ある全英ウインブルドンの3回戦となるこの試合、センターコートに足を踏み入れた瞬間、杉山愛はあまりの嬉しさで顔がにやけてしまいそうになるのを押さえきれないでいた。さすがににやけた顔は出来ないけど「ここセンターコートでプレーできるのは、そう何回もあるものじゃない、しっかり楽しみましょ。私はどんな時もチャレンジャーだもの」と思っていたという。なにしろ対戦相手は、このセンターコートに5年ぶりに帰ってきたあのマルチナ・ヒンギスなのだから。長いブランクがあるとはいえ、ヒンギスはかつての女王だ。復帰後のヒンギスはハードヒッターが主流となったなかで、「上手いテニス」で確実に上位に食い込んでくる。杉山がセンターコートを楽しむには最も相応しい相手だった。しかしそれは杉山にとって過度の緊張を強いていたのかもしれない。試合は立ち上がりからヒンギスが主導権を握った展開となった。最初にブレークしたのはヒンギスだったが杉山がすぐにブレークバック。杉山は得意のバックハンドが冴え、互角以上のストローク戦を演じていた。5―5で迎えた第1セットの終盤、杉山の巧みなリターンにひるんだヒンギスはサービスゲームをダブルフォルトで落とし、杉山がサービスゲームを取って1セットを先取。試合は杉山に傾いたかに見えたが、第2セットをヒンギスが取り返すと、第3セットもヒンギスのペースで展開。杉山の攻撃的なテニスはヒンギスを苦しめるものの試合の流れを掴むテクニックはさすがだ。ヒンギスの2ブレークアップ、0―3となったところで試合は決まったかに思った。しかし杉山はヒンギスは疲れていると感じたという。杉山がバナナを頬張るシーンが映像でも流されていたが、この時、杉山は必死で体力の回復に努めた。杉山のサービスゲームはデュースへともつれ込み、ヒンギスが返した強烈なフォアがライン上に滑っていった。決まったかに見えたボールの判定はアウト。この判定で流れは変わった、と思う。杉山はかつての女王に逆転勝利した。試合後ヒンギスは「何故負けたか?それは分らないけど、スギは素晴らしかった。彼女には弱点がなかったわ」と最高の賛辞を送った。伊達公子が引退してから10年。ずっと日本テニス界をひとりで支えてきた杉山愛はまだ進化を続けている。 |
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