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昨年トリノに出場した上村愛子は、競技の直後、次のオリンピック、2010年に行われるバンクーバーまで現役を続行することを表明した。1998年18歳で初出場した長野は7位入賞。この時金メダルを獲得した里谷多英の活躍に大いに刺激を受けたという。続くソルトレークシティーでは6位。そしてトリノでは5位。競技後、人目を憚らず無念の涙にくれた。16歳でワールドカップ3位という鮮烈をデビュー果たした彼女も既に27歳。バンクーバーは30歳での挑戦になる。
それまでの平面の技から、禁止されていた回転技を認め、3Dの技を高く評価するという2003年の国際的なルール改正は、モーグルという競技を一変させた。競技の難易度は飛躍的に上がり、選手は肉体をそれまでと比べ物にならないほど酷使するようになった。それでもライバルたちはそのルール改正に対応し結果を出していく。そんな中、従来とのギャップの大きさに対応の遅れた上村は引退を考えるほど追い込まれていたという。だが時間をかけて新しい技にチャレンジした上村はオリンピックの前年、新ルールに対応した技を完成し、ワールドカップで自身2勝目をあげる。そして自信を持って臨んだ昨年のトリノだったが、本人の感触とは別に思ったほど得点が伸びず、目標としていた表彰台に上ることは出来なかった。競技直後悔しさに涙を浮かべた彼女は、そのまま自身4度目となるオリンピック出場に挑戦することを表明したのだ。

デビュー当時からその愛くるしい笑顔“愛子スマイル”で、アイドル的な存在となり人気の上村。その後の彼女の歩みは、その可憐さや華やかさとはかけ離れた厳しいものだった。あまりに過酷な競技に156センチという日本人女性としても小柄な彼女の肉体は時として悲鳴を上げることもあった。苦しみ続けた10年を超える競技生活を経てもなお、さらにオリンピックの表彰台を目指して戦い続ける。
今年は3年後のバンクーバーに向けた上村の新しい挑戦への最初のシーズンとなる。その真価を問うワールドカップの日本ラウンドが来月猪苗代で開催される。オリンピックの表彰台に登り、最高の“愛子スマイル”で微笑むために、挑戦を続ける上村にエールを贈ろう。
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