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大人になった妖精が挑む四度目のウィンブルドン
2004年7月、世界のテニス界は新しいヒロインの登場を知った。マリア・シャラポワ。当時17歳の少女が、世界で最も高い権威と長い伝統を兼ね備えたテニス大会、ウィンブルドンで、代々優勝者に贈られてきたシャーレを手にしたのだ。決勝戦では、大方の予想を覆し、前年まで2年連続してこの大会で優勝していたセリーナ・ウィリアムズを6-1、6-4と圧倒する試合運びで退けた。真っ白なワンピースを身にまとったプリンセスの歓喜する姿が世界中に配信され、瞬く間に世界は彼女の虜となった。
ロシアの妖精と呼ばれるマリア・シャラポワ。彼女は今や世界で最も有名なアスリートの1人だろう。
ファッションモデルも務める抜群のルックスと一昨年には世界ランキング1位になった実力は、04年のウィンブルドンを境に世界のテニスを一変させた。テニス離れが進んでいた世界の目をもう一度引き戻したのは間違いなく彼女の功績だ。
その後もシャラポワの世界的な人気は収まることを知らない。
マリア・シャラポワは1987年にロシアで生まれた。
4歳からテニスを始め、彼女の類まれなテニスの才能に気づいた父親は7歳の彼女と共に渡米した。フロリダでトレーニングを積んだシャラポワは、14歳でプロテニス選手としてデビューし、16歳の時に日本で行われたITF群馬大会でプロ初勝利をあげた。その翌年のAIGオープン2003(=ジャパンオープン)でシングルスとダブルスでダブル優勝を果たし、WTAツアー初優勝を遂げた。
端麗な容姿と実力を兼ね備えた新プリンセスの誕生を告げる日本発のニュースは世界中を駆け巡った。そして2004年、17歳になった彼女はウィンブルドンで優勝した。
史上二番目の若さで世界で最も由緒ある大会の覇者となったのである。まさにシャラポワ時代がこの時、幕を開けた。弱冠17歳で四大大会のひとつに優勝したシャラポワの快進撃はその後も続く。2005年2月に行われたWTAツアー、東レ・パン・パシフィック・テニスで幸先良く優勝。ウィンブルドンでは準決勝でヴィーナス・ウィリアムズに敗れ連覇はならなかったものの、8月にはロシア人プレーヤーとしては初の世界ランキング1位となり、さらに2006年には四大大会のひとつ全米オープンに優勝し、ふたつめのビッグタイトルを手に入れたのだ。
可憐な少女だったシャラポワも4月で20歳になり、プレーに安定感と幅が生まれ、大人のテニスができるようになってきた。今年こそ四大大会制覇=グランドスラムが視野に入ってきたはずだ。残念ながら今年はここまでのところ結果を出せていないシャラポワだが、ウィンブルドンは彼女にとって特別な大会であるはず。ここで再び優勝し一層の飛躍を目指しているはずだ。
大人になったテニス界の“妖精”シャラポワの四度目のウィンブルドンに注目しよう。 |