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昨年12月にチャイニーズ・タイペイで行われた、北京オリンピックの出場をかけたアジア選手権の第3戦に先発したのがダルビッシュだった。強力チャイニーズ・タイペイ打線を2失点に抑え、日本の北京オリンピック出場に大きく貢献した。
ダルビッシュは大阪府羽曳野市生まれの21歳。イラン人を父に、日本人を母に生まれた。小学校2年で本格的に野球を始め、リトルリーグ羽曳野ボーイズで世界3位になるなどの活躍を経て、高校野球の強豪東北高校に進学。1年生の秋からエースになった。190cmを超える長身から繰り出す150kmの直球を武器に4度の甲子園を経験。3年の春の甲子園ではノーヒット・ノーランを記録したが、全国制覇の夢はかなわなかった。
卒業後は北海道日本ハムファイターズに入団し、1年目から先発投手として14試合に登板して5勝5敗。2年目の一昨年は12勝5敗の成績でエース級の働きを見せ、日本シリーズでも勝星を上げて日本一に貢献した。更にアジアのチャンピオンが集まって行われるアジアシリーズでも活躍が認められてMVPになった。 |
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続く2007年、堂々エースとして開幕戦を任されたダルビッシュは15勝5敗、防御率1.82、210奪三振とリーグ屈指の活躍でファイターズのパ・リーグ連覇に貢献し、シーズンMVPとゴールデングラブ賞、ベストナインに選ばれた。クライマックスシリーズでも2勝をあげ、更に中日ドラゴンズと対戦した日本シリーズでは、第1戦で1失点13奪三振と好投し、球界を代表する中日のエース川上憲伸との投げあいを制し勝利投手になった。さらに第5戦にも登板し7回を1失点11奪三振に抑えたが、味方打線が完全試合リレーを喫し破れた。だが、こうした活躍に、日本を代表する投手である証となる沢村賞が贈られた。
プロ野球投手として最高の年を送った2007年は、ダルビッシュにとって人生の節目の年となった。9月に女優のサエコとの結婚、さらに子供ができたことを発表。またこれと時期を同じくして日本国籍を取得し、日本代表のメンバーに選ばれることも可能になった。
今は国内最高の投手となったダルビッシュ。2008年もその活躍から目が離せない。 |
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