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2007年の男子ゴルフツアーは谷口徹が自身6年ぶりの賞金王になり、片山晋呉の4連覇を阻んだ。一方、話題は16歳のアマチュアゴルファー、“ハニカミ王子”に独占された。そうした陰で、関係者の中で打倒片山の一番手として、活躍が期待されていたのが谷原秀人だった。
2002年にプロデビューを果たした谷原は、2003年初勝利をあげると翌年はPGAツアーのシード権をかけたクオリファイトーナメントに参加し見事2005年シーズンのシード権を得る。だがそうして臨んだ2005年のPGAツアーでは腱鞘炎に悩まされ、20試合に出場して14試合で予選落ちという散々な結果で早々に帰国する。そんな谷原の名前を世界に轟かせたのが、翌年の2006年の全英オープンだった。 2日目68打、3日目66打で周り、最終日まで世界のトップゴルファーと並んでリーディングボードにHidetoTaniharaの名前が掲示された。結局は、この大会で父の死から復活を遂げたタイガー・ウッズに優勝を許したものの、5位タイの成績でPGAツアーにその名前を刻んだ。 |
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