夜の中継にもかかわらず、日本全土が大いに盛り上がったアテネオリンピック。五輪3連覇の偉業を達成した野村忠宏も、“タイヘンなことをしてくれた”柴田亜衣も、伸身の新月面で“栄光への架橋“を決めてくれた男子体操も、いずれも今年度のベスト10に挙げておかしくない大活躍だったが、なんと言っても気持ち良かったのは北島康介の2冠である。4年前のシドニーでは100mで4位、200mは予選敗退。だが、その表彰台寸前で終わった五輪の経験は、北島のメダルへの執着心への始まりであり、平井伯昌コーチとの本格的なプロジェクトのスタートでもあった。当時の水泳界の話題はもっぱらシドニー3冠のイアン・ソープだったが、翌年、福岡での世界選手権、日本記録更新で3位に入賞したのを皮切りに、北島は度重なる記録更新で進化を遂げ、2002年のアジア大会でついに200mの世界新記録を樹立。2003年バルセロナの世界選手権では100m・200mの2種目で世界記録保持者となり、その頃には日本中の期待を一気に背負うこととなる。さらに注目すべきはブレンダン・ハンセンの登場だ。ハンセンが北島の世界記録を抜いたことにより、あの五輪での舞台は整った。一発勝負での強さを自負する北島、だが、記録ではハンセンが上…そんな期待と不安の入り交じるファンの気持ちをガッツポーズで吹き飛ばしたのは“やっぱり強かった”北島だったのだ。今や誰からも愛される国民的ヒーローは、日体大卒業後、大学院への進学を予定している。競技の方も年末からオーストラリアでの合宿を開始し、7月のモントリオール世界選手権へ向け再スタート。アテネ五輪を「もう、すごく昔のこと」とあっさり言い切る北島だけに、世界新奪回はもちろん、気が早くも北京五輪へのさらなる進化を期待したい。
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