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>> soccerトップ >>愛するリヴァプールを捨ててスペインへ渡ったマイクル・オーウェンの誓いは実を結ぶのか!?(1) |
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っと驚くレアル・マドリード移籍から約2か月、マイクル・オーウェンの眼にありありと明るさと鋭さが戻ってきた。ストライカーとしての仕事をきっちりと形にして残せるようになったからに他ならないが、この“タイムラグ”はあらかじめ予想できた範囲である。いや、幼年期から慣れ親しんだリヴァプールを後にして、事実上「右も左もわからない」環境に飛び込んだからには、むしろ「思ったよりも早い」と言うべきだ。忘れてはいけない。オーウェンのレアルにおける位置づけは、いまだロナウドとラウルに続く「三番手」であり、必ずしもスターティングイレブンに名を連ねるまでには至っていないのだ。
最近のメディアはとみに辛抱が足りない。スポーツの本質を忘れてしまっているかのように、すぐに結果を求め、結論を出そうとする。移籍先で瞬く間に本領を発揮してエースの誉れを獲得するプレーヤーはごくわずかしかいない。しかも、その彼らは必ずと言っていいほど1年、2年後には「燃え尽きてしまう」低迷期を迎えている。レアル移籍後1か月も経たないうちに、やれイタリアだ、アーセナルだと、オーウェンの再移転先を平気で語り始める神経には呆れるばかりだった。むろん、それを受け売りでまことしやかに論じる“セカンドハンド”の似非ジャーナリストたちの罪はさらに重い。
オーウェンの活躍は間違いなく彼らの鼻をあかしたと言っていいだろう。転んでもただでは起きない小賢しいメディアの中には「我々の報道や警告が発奮材料になったはず」と口が減らない向きもあるかもしれないが、そんな言い逃れで給料をもらっているとすれば何と楽な商売だろうか。誤解なきように。これは自戒の意味も込めた苦言。要は、読者や視聴者のファン側が“お手軽情報”にあっさりと踊らされなければいいことなのである。
ジャンルを問わず、スポーツアスリートなら例外を探す方がむずかしいはずだが、オーウェンの「負けず嫌い度」はそんじょそこらの意地っ張りとはわけが違う。もとより、体の小さい我が子にちっとやそっとではへこたれない肝っ玉を授けようと、10歳でボクシングジムに放り込んだ父親の薫陶も大きいが、オーウェンの反骨心は「筋金入り」の言葉がぴったりするくらいに凄まじい。そのことを如実に示す、あるエピソードがある。コアなファンなら覚えているだろう。2002年のワールドカップ本大会から少し経って急に報じられ始めたオーウェンの「ギャンブル癖」。来日以前から抱えていたと、後に本人が明かした疲労性の故障が完全には癒えず、本来の切れ味が実戦で出ないこともあって、世論は一気にこの「好ましからざる趣味」とそれで「失った大金」について白い眼を向け、非難がましく「本業への重大な影響」を囁き始めたものである。
これに関して、オーウェンは真っ向から堂々と反論している。 |
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